2025年4月号
特集
人間における運の研究
インタビュー②
  • 澄川酒造場第四代目蔵元杜氏澄川宜史

醇道じゅんどう 一途いちず
日本酒づくりの
王道を歩み続ける

数々の日本酒の品評会で栄誉ある賞を受賞し、国内外で高い評価を受けている「東洋美人」。その銘酒を醸す山口県萩市の澄川酒造場・第四代目蔵元杜氏の澄川宜史氏に、超えてきた人生の山坂、事業永続の要諦、師に学んだ人々に感動を呼び起こす日本酒づくりの極意を語っていただいた。

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王道の酒づくりを愚直に追求する

──澄川さんが第四代目蔵元杜氏とうじを務める澄川酒造場(山口県萩市)は、2025年で創業104年を迎えるそうですね。まず創業のいきさつをお話しいただけますか。

澄川 澄川家は、もともとここ萩市小川の地で米問屋をしていたのですが、親戚筋の営む酒蔵がうまくいかなくなって曽祖父の代に経営を引き継いだんです、それが104年前の1921年、澄川酒造場の始まりだと聞いています。
以来、曽祖父、祖父、父、私と四代にわたって続いてきたわけですけれども、それはやっぱり商売を繁盛させよう、もっともうけようではなく、地方の酒蔵として「代をつなぐ」ことを一番の使命に、堅実な経営、地道な酒づくりに取り組んできたからだと思います。

──目先の利益ではなく、代を繋ぐことを大事にしてこられた。

澄川 特に父の代には、日本酒は斜陽産業だと言われ、地方の酒蔵の廃業が相次ぐ厳しい時代でした。でも、父は何か奇をてらったことをするのではなく、地元の方々が日常生活の中で楽しむ、いわゆる普通酒を届けるという地方の蔵元のあるべき姿を守り、身の丈に合う範囲内で地道な商売、酒づくりを貫いていました。もちろんよりよい品質を求めて原料のお米を山田錦に変えたり、販路を県外に求めたりもしましたが、それも積極的に攻めるというより、あくまで酒蔵を守る、代を繋ぐために変えるという印象でした。その使命は私の代になっても変わりません。
澄川家に特別な家訓などはありませんが、口には出さずとも、その第一にするべき使命は代々受け継がれてきたように思います。もし先代がいろいろなことに手を広げたり、奇を衒った日本酒づくりをしていたら、今日まで代を繋ぐことはできなかったでしょう。

──貴社を代表する銘柄「東洋美人」は、JALファーストクラスの提供酒に選ばれるなど、国内外で高く評価されています。

澄川 これも何も特別なことはしていないのですが、一つ言えるのは徹底した現場第一主義です。
昔は杜氏制度といって、出稼ぎの職人がやってきて日本酒をつくるのが当たり前でした。蔵元の人間は基本的に酒づくりの現場に入ることはできなかったんです。でも、私は2004年に32歳で代を継いだ時から、ほぼ365日、酒づくりの現場に居続けるということを貫いてきました。

──ああ、自ら現場に。

澄川 現場の大切さを教えてくれたのが、銘酒「十四代」で知られる酒蔵、高木酒造(山形県)の十五代目当主・髙木辰五郎さんです。後ほど詳しく触れますが、私は学生時代に、高木酒造で研修させていただく機会に恵まれました。
その時、蔵元の髙木さん自ら現場に入り、365日、24時間、命を削るように日本酒づくりに没頭する姿を見て衝撃を受けたんです。酒づくりがまるで壮絶な戦いに見えるほどの気迫でした。そして髙木さんは、「俺たちは酒づくり一筋でいこう!」と言ってくださって、蔵元の後継者のあるべき姿を示していただきました。
また、髙木さんは私を唯一の弟子だと言ってくれて、現在に至るまで公私共に大変お世話になってきました。ですから、師匠である髙木さんに恥ずかしい思いをさせてはいけない、自分が受けた教えや恩は次の世代に伝えていかなくてはいけないという強烈な自覚と責任感を持って、日本酒づくりに向き合ってきたんです。

──日本酒づくりへの並々ならぬ自覚と責任感、ほとばしる熱意が「東洋美人」の根底にあるのですね。

澄川 当然、日本酒づくりの工程を機械化したり、必要な設備投資は行ってきましたけれども、先ほどの経営の話と同じように、やっぱり奇を衒わない、先人が伝承してきた伝統製法をしっかり守った〝王道の酒づくり〟を愚直なまでに追求していくことが何より大事なのだと思います。奇を衒ったものはブームにはなれども、多くの人に親しまれ、長く残っていく文化にはならないというのが私の信念ですし、日本酒づくりを通じて文化を創っているという自負もいまの私を支えてくれています。

澄川酒造場第四代目蔵元杜氏

澄川宜史

すみかわ・たかふみ

昭和47年山口県生まれ。東京農業大学醸造科学科在学中に、山形県の老舗酒蔵・高木酒造の15代目当主・髙木辰五郎氏に弟子入り。大学卒業後、家業の澄川酒造場に入る。平成16年に第4代目蔵元杜氏に就任。奇を衒わない〝王道の日本酒〟を追求し、澄川酒造場の代表酒「東洋美人」は数々の品評会で賞を受賞し、国内外で高く評価されている。