2024年2月号
特集
立志立国
対談
  • グローバルウォータ・ジャパン代表吉村和就
  • 東京大学大学院教授鈴木宣弘

日本の水と
食を護れ!

いま気候変動や土壌汚染、紛争の勃発、人口増加などの影響により、世界的な水不足、食料危機が目の前に迫っていると言われている。それは貧しい発展途上国だけの問題ではなく、世界の経済大国であり、豊かな自然に囲まれた日本もまた例外ではない。それぞれ「水」と「食(農)」の問題に通暁するグローバルウォータ・ジャパン代表の吉村和就氏と東京大学大学院教授の鈴木宣弘氏に、日本が直面する危機、そして真に豊かな国・日本を取り戻す道筋を縦横に語り合っていただいた。

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人間は自然からのしっぺ返しを受けている

吉村 きょうは食・農業の専門家である鈴木先生と対談できることを本当に嬉しく思います。と言いますのは、ご承知の通り、いま世界は大変な状況です。まず地球温暖化によるかんばつと洪水が世界中で頻発ひんぱつし、それに比例するように、例えばアフリカでは食料危機が問題になっています。
また、本来であればたくさん水があるはずの南米アマゾンでも水不足が深刻になっていますし、「ヨーロッパの水瓶みずがめ」と称されるスイスでは60年ぶりの旱魃ということで、ドナウ川などの国際河川の水位が下がり、かんがい農業が半分にまで抑えられている状況です。

鈴木 いま吉村先生がおっしゃったように、水と食、あるいは水と農業というのは、とても密接に関わり合っていますね。世界的な水不足の要因にしても、気候変動に加えて、農業のやり方が大きく影響している。私たちは「緑の革命だ」「世界の飢餓きがを救うんだ」などと言って、化学肥料や化学農薬を大量に使用した農業でどんどん収穫量を増やしてきましたが、結局それで何が起こってきたのか。
化学肥料・農薬の大量投入で植物が育つ土壌環境を整える微生物がどんどん減少し、植物も頑張って根っこを生やさなくても肥料がもらえるとのことで、根っこが短くなっていった。そうなると、今度は植物を育てる力、保水力が土壌から失われ、さらに大量の化学肥料・農薬、水を投入しなければ農業ができなくなったわけです。実際、現在の世界の水使用量の約7割は農業に使われています。
アメリカ中西部の穀倉地帯でも、これまで地下水をみ上げて農業生産をやってきたけれども、あと10年、20年も待たず地下水が枯渇するという予測もあります。

降雨量の減少、熱波などの要因が重なって干上がった、フランス東部とスイス西部の自然な国境であるドゥー川の一部。2022年6月以降、ヨーロッパは3度目の熱波に見舞われるなど、異常気象が続いている ©AFP=時事

吉村 ええ、アメリカでは、8つの州にまたがるオガララ帯水層という世界最大の地下水帯が枯渇こかつの危機に直面しています。鈴木先生もお詳しいと思いますが、どんどん地下水を汲み上げていくと、最後はどうなるかといえば、水の量が減るだけではないんですね。同時に土壌の塩化が始まり、植物が育たなくなってしまうんです。
アメリカに関してもう一つ深刻なのは、シェールガス革命の影響です。オガララ帯水層の周辺は最大のシェールガスの採掘地なのですが、シェールガスはどのように採るかというと、まず地下を垂直に2,000メートル掘り、今度は水平に1,000メートル掘る。そして粘土岩のようなシェール層に水圧をかけてパカッと割って、そこに付着するメタンガスや油を採っていきます。
ところが、地中深く掘っていくためには潤滑剤などの薬剤を使用しなくてはなりませんが、それが漏れ出してオガララ帯水層を汚染していることが分かったんです。いまアメリカ合衆国環境保護庁(EPA)が大騒ぎしています。
アメリカは先端科学の国だと日本人は思っていますけれども、実は広大な土地を使い、トウモロコシや大豆、小麦を大量生産する世界最大の農業国です。ですから、地下水の枯渇や汚染は、アメリカにとって非常に由々ゆゆしき問題なんです。

鈴木 水が足りないだけではなく、質まで劣化している。汚染された水で農業をやれば、農作物を通じて人間の健康にも影響してくるかもしれません。大変な問題です。
そもそも、れいな水とよくな土、太陽の光があれば、自然の循環の中で、安心・安全な食べ物をたくさん供給できたんです。それが化学肥料や農薬を大量に使用した土壌を痛めつけるような農業、もっといえば、一部のグローバル企業が儲かるような大量生産・大量消費の大規模農業を追求していったことで、水不足や食料危機を招いている。「いまだけ、金だけ、自分だけ」の目先の利益に走ってきた〝しっぺ返し〟を受けているのが、いまの状況であると思います。

グローバルウォータ・ジャパン代表

吉村和就

よしむら・かずなり

昭和23年秋田県生まれ。大学卒業後、企業勤務を経て、平成10年国連ニューヨーク本部、経済社会局・環境審議官に就任。17年グローバルウォータ・ジャパン設立、代表に就任。著書に『水ビジネス110兆円水市場の攻防』(角川書店)『図解入門業界研究最新 水ビジネスの動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム)など多数。

日本にも迫りくる水不足の危機

吉村 2023年3月、ニューヨークの国連本部で「2023年国連水会議」が開催されました。私も日本の地下水について話をしてきたのですが、グテーレス国連事務総長が「地球はいま沸騰している」という言葉を使っておりました。それほどいま地球温暖化、気候変動は深刻になっているということです。
そして、このままでは2030年には世界人口の約半分、実に約40億人もの人々が、日常生活に不便を感じる「水ストレス」の状態に見舞われると予測されています。自国に水源があり、それを安心・安全に利用できる国は、国連加盟国193か国のうち日本を含めてわずか21か国しかありません。ですから、いま世界の大半の国は、多国間を流れる国際河川の水源を巡って激しい水の争奪戦を余儀なくされているんです。
もちろん、豊かな水資源に恵まれている日本も例外ではありません。日本の水資源の約3割は、梅雨と台風、積雪によってまかなわれてきました。しかし地球温暖化の影響で梅雨前線は日本列島に長く留まらなくなっていますし、台風の進路も無軌道になり、積雪はここ100年で約3割も減っています。何も手を打たなければ、いずれ日本も豊かな水資源に恵まれた国ではなくなってしまう可能性がある。

鈴木 日本にも水不足の危機が確実に迫ってきているのですね。

吉村 しかし、日本人は政治家を含め、水を巡る世界の状況に非常にうとく、水をまもろうとする意識に乏しい〝水ボケ〟状態に陥っています。例えば、日本が早急に手を打たなければならない問題の一つが、水インフラの老朽化です。
日本の上下水道は昭和30年代の高度経済成長期に、全国にバンバン敷設されました。それがいま還暦を越えて老朽化し、年間約2万件の漏水事故が起こっているんです。また数年前には和歌山市の水管橋が崩落するなど、被害は年々深刻になっています。
それなら早く修理、リニューアルすればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、当時の設備をつくり、その技術とノウハウを持った団塊の世代が一斉に定年退職を迎えてしまったために、難しくなっているんです。さらに、いま日本では毎年80万人もの人が減っていくという急激な人口減少が起こっていますから、それに伴い水の使用量も減って、水道事業者にお金が入らなくなっています。
要するに、「ヒト・モノ・カネ」の3つが同時に失われていく三重苦に直面しているのが日本の水インフラの現実なんです。これは農業用水路も同じで、老朽化しているのにリニューアルできず、多くの設備が水漏れを起こしています。

鈴木 ええ、農業用水路の劣化も深刻です。

吉村 また、水インフラの劣化は国防にも関わります。国内160か所に及ぶ自衛隊駐屯地は、水道や下水道などを地元の市町村に依存しています。ウクライナ紛争で分かったように、地域のインフラが攻撃を受ければ軍隊は身動きが取れなくなってしまうんですね。
ですから、日本の水を護るためにも、国家の安全保障のためにも、私は水道料金を値上げし、早急に水インフラをきょうじんしていくことが必要だと提言しているんです。

東京大学大学院教授

鈴木宣弘

すずき・のぶひろ

昭和33年三重県生まれ。57年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て、平成18年東京大学大学院農学生命科学研究科教授。FTA産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、コーネル大学客員教授などを歴任。著書に『食の戦争』(文春新書)『農業消滅』(平凡社)『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社)など。