2025年4月号
特集
人間における運の研究
インタビュー①
  • ペクセル・テクノロジーズ社長宮坂 力

日本の
エネルギー問題に光を

人の縁が大発明を生んだ

軽くて薄くて曲げられる、常識を覆す次世代型太陽電池――いま、日本発の夢のような技術が、世界の注目を集めている。開発者は宮坂 力氏。学生時代から光の持つ力に魅せられ、大発明を果たしたが、これは人の縁の為せる業と言って憚らない。紆余曲折の研究人生を追い、その真意に迫る。

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世界の熱視線を集める次世代型太陽電池

──石油やガスを輸入に依存する日本のエネルギー自給率の低さは長年の課題ですが、日本発の太陽電池がこれを克服するかもしれないと聞き、やってまいりました。

宮坂 ついさっきまで会社で仕事していましてね。いつも午前中は会社に出て案件の決済なんかをして、午後3時から4時に、車で20分のこの大学に来るんです。夜は8時まで仕事をする。家に帰ったらご飯を食べて、今度はまったメールの返信などがあるので、寝るのは毎晩1時くらいです。

──経営と研究、二足の草鞋わらじで奔走されているのですね。

宮坂 ええ。会社は、2004年に大学発ベンチャーとして発足し、おかげさまで黒字経営を続けて20周年を迎えました。現在の事業のメインは「ペロブスカイト太陽電池」の材料と製作設備そして実験キットです。

──宮坂教授は例年、ノーベル化学賞の有力候補に挙がっています。ペロブスカイト太陽電池は、どういうものなのでしょうか。

宮坂 私たち日本の研究者が開発した、日本発の太陽電池です。

ペロブスカイトの由来は、19世紀にロシアのウラル山脈で見つかった鉱物です。誘電性があって、電子機器に応用されてきました。私たちが使うのは、その組成を変えた人工のペロブスカイト結晶です。有機溶剤に溶かして、専用の機械で薄いプラスチックの電極に均一に塗る。これで、発電ができるようになります。

──たったそれだけで、ですか。

宮坂 はい。ペロブスカイト結晶はマジックのインク、それを印刷するイメージです。太陽光発電と聞いて皆さん想像するのは、ほとんどがこれまで主流だったシリコン製のパネルだと思います。
ペロブスカイト太陽電池には、シリコンにない長所がいくつもあります。1つは、この通り薄くて軽くて曲げられる。ペロブスカイトの膜は1000分の1ミリより薄く、半導体に塗ってもペラペラです。設置場所を選びません。湾曲した建物の壁や窓、将来は建物全体での発電も可能になるでしょう。

──設置のために山林を切り開く必要はなくなるわけですね。

宮坂 2つ目は、塗って乾かすだけでつくれること。僕たちが使う人工のペロブスカイトは、結晶構造の析出こそ高い技術が必要ですが、管理された工場でない、大学の研究室でも製造が可能です。
3つ目は、結晶をつくるのに最も欠かせないヨウ素が日本に豊富にあることです。海藻が地下に沈殿してできるヨウ素は日本が世界シェア3割を握っていて、安く手に入る。レアメタルを使いませんので、原料はすべて国産でまかなえるんです。これは開発国日本の優位性といえる、重要な点です。
実を言うと、薄くて曲げられる電池ならば有機薄膜型のものがありました。なぜ注目されなかったかというと発電効率が低かったからです。しかしペロブスカイト太陽電池は室内の電灯、曇りや雨の日の弱い光でも十分発電できます。
当然解決すべき課題もありますが、いま中国などで実用化が急速に進んでいて、日本では積水化学工業様がこの春大阪に新設されるJRの駅に実装する予定です。

ペクセル・テクノロジーズ社長

宮坂 力

みやさか・つとむ

昭和28年神奈川県生まれ。56年東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。富士写真フイルム株式会社足柄研究所主任研究員を経て平成13年桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授(29年より医用工学部 特任教授)。16年ペクセル・テクノロジーズ株式会社設立、代表取締役。30年より東京大学先端科学技術研究センター・フェロー。近著に『大発見の舞台裏で! ペロブスカイト太陽電池誕生秘話』(さくら舎)がある。