2025年4月号
特集
人間における運の研究
一人称
  • ハリウッド大学院大学特任教授横澤利昌

老舗企業の
伝統と革新の
歴史が教えるもの

100年以上の歴史を刻んだ老舗は日本全国で約5万社、200年以上でも約4,000社に及ぶという。これら老舗が今日まで命脈を保ち続けた要因は何なのだろうか。経営学者として30年間、老舗や日本の源流に取り組み、令和になって古代文字を研究、そこに日本人の魂を覚醒させるヒントがあると主張する横澤利昌氏にお聞きした。

この記事は約11分でお読みいただけます

100年以上の老舗企業は日本で約5万社

1989年、私はカナダのブリティッシュ・コロンビア大学MBAコースで社会人向けに日本的経営のケースを講義しました。講義後に受講生数人とマルコム・ボルドリッジ賞について話し合いました。M・ボルドリッジは米国レーガン政権時代の商務長官であり、彼が示した国家戦略は製造業を中心に経済復興を目指すもので、それまで落ち込んでいた米国の国際競争力を大きく向上させました。

アメリカ政府は彼の名にちなんでMB国家経営品質賞を創設。顧客満足の改善などに取り組む企業に例年、大統領自ら臨席して賞を授与してきました。日本生産性本部もこれにならって1995年、日本経営品質賞を創設し、私も研究者として関わることになりました。

その後、日本経営品質賞の評価基準を基礎に実施したのが、100年以上続く老舗しにせ企業約5,000社を対象としたアンケート調査です。うち600社余りから回答を得て、老舗の存在意義の大きさを教えられたのですが、思えば私が老舗の研究に足を踏み入れたのは、この時からでした。

本欄ではこの調査結果やその後の研究を通して分かった老舗に共通した特徴やその教訓、さらには日本に老舗文化が息づくことになった精神的土壌の源流にまで少し触れてみたいと思います。

その前提として、長年の研究を踏まえて私なりに老舗を次のように定義することにします。

「100年以上継続して経営されている家業及び企業であり、無形財産としても価値があり、日本伝統の美学がある」

現在、日本には100年以上続いている老舗が約5万社、200年企業でも約4,000社に及び、その数は世界でも日本が断トツで、他国を大きく引き離しています。

確認される最古の企業は飛鳥時代、578年に創業された金剛組(寺社建築)。587年の池坊いけのぼう(華道会)、705年の慶雲館(旅館)、717年の「古まん」(旅館)、718年の法師(旅館)、889年の田中仏具店(仏具)などがよく知られ、1,000年以上存続している老舗が21社あります。創業期別に見ると、老舗の7割弱は明治期、2割は江戸後の創業となっています。

長寿企業であるほど戦争、自然災害、火事、感染症をはじめとする疾病、経済危機など想定外の出来事に遭遇し、その危機を先回りして克服してきたDNAが伝承されています。四面海が外敵から守ってきた面もあります。

とりわけ200年以上続く企業は、ほとんど幕末明治初期の激動期を乗り越えてきました。明治期になって身分制度が廃止され、取り引きがあった武士が廃刀すると、貸し倒れなどで多くの店が倒産や廃業に追い込まれました。江戸初期からの三井、住友、明治初期からの三菱など財閥をはじめとする老舗は、そういう厳しい環境を力強く克服していったのです。

遣隋使のののいもこうえい近江おうみのくにの小野組は三井組と競っていましたが、1874年倒産。その後、小野組大番頭の古河市兵衛ふるかわいちべえは渋沢栄一の支援を受けてピンチをチャンスに変え、現在の古河グループを築き、古河電工、富士通、みずほ銀行などの企業として日本を支えています。老舗は命をつなぐことが伝統になっています。

ハリウッド大学院大学特任教授

横澤利昌

よこざわ・としまさ

昭和16年岩手県盛岡市生まれ・早稲田大学商業研究科修了。60年亜細亜大学教授・名誉教授。現在、ハリウッド大学院大学特任教授、事業承継学会代表理事。平成元年9月から1年間ブリティッシュ・コロンビア大学客員教授を務める。亜大に「ホスピタリティ」を日本初導入。経産省・文科省・厚労省の委員歴任。日本学術会議連絡委員を2期務める。編著書に『老舗企業の研究』(生産性出版)など。