2018年7月号
特集
人間の花
対談
  • りんご農家(左)木村秋則
  • 関西シェフ同友会会長(右)小西忠禮

道なき所に道をつくる

不可能といわれた無農薬・無肥料のりんご栽培を成功させ、いまは日本の農業を変えるべく奔走する木村秋則氏。世界一の名門オテル・リッツに日本の料理人として初めて職を得、現在は幼児教育に邁進する小西忠禮氏。その〝奇跡〟ともいえる各々の実績はいかにして成し遂げられてきたのか。道なき道を歩んできた2人が語り合う、人間の花、人生の花——。

この記事は約27分でお読みいただけます

大切な本質は見えないところにある

小西 私は、木村さんのことを随分前から存じ上げていて、一度お目にかかりたいなぁと、ずっと心の中で願っていました。不可能といわれていた無農薬、無肥料のりんご栽培に成功なさったのは、いったいどんな方なんだろうと思いを募らせていたんですが、なかなかお目にかかるチャンスがない。
ようやく2017の夏に、知り合いの伝手つてでりんご畑の見学セミナーに参加させていただくことができたんですが、懇親会の席で木村さんがおっしゃった言葉が、いまだに忘れられないんですよ。木村さんはあの時、「神様っていたずらだよね。耐える人には試練を与える。小西さんもそうだったでしょう?」とおっしゃいましたよね。

木村 覚えていますよ、確かにそんなことを言いました(笑)。

小西 私はそれを聞いて、ビビッときた。まさにそのとおりやと。
木村さんは10年耐え続けて、奇跡のりんごづくりに成功されました。私も世界一といわれていたフランスのオテル・リッツの重い扉を叩き続けて、日本の料理人として初めて職を得た。お互いにたくさん苦労はしたけれども、この人間ならきっと耐えるだろうと神様から見込まれて試練を与えられたのかもしれませんよね。そしてその試練に耐え抜いたからこそ、人生の花を咲かせることができたのではないかと思うんです。

木村 人間はきっとよ、神様のてのひらの上で踊らされてるんではないでしょうか。
虫を見ててもそう思います。先に益虫が出てきて害虫を待ち構えていたら、苦労はないんだけども、登場するのはいつも害虫が先。畑を荒らされてからやっと益虫が出てくる。まぁよくできてますよ(笑)。やっぱり自然って、そんなふうにできてるんでしょうね。
いい作物を育てようと思ったら、そういう見えないところを見なければいけないんですけど、農家の人って土の中を見ることはあんまりないのな。私は最近、いろんなところから頼まれて農業の指導に伺っているけれども、どこへ行っても土の中の様子を知るために、穴を掘って温度を測るんです。木村が来ると穴を掘るっていうのが知れ渡って、みんなスコップを用意して待っててくれるんですよ(笑)。
小西さんもきっと、いろんなところで見えない世界の後押しを受けてやってこられたんではないかなと思うんです。

小西 本当におっしゃるとおりです。私の歩んできた料理の世界も、目に見える華やかなところばかり見てしまいがちですけど、本当に大切な本質というのは、やっぱり見えないところにあります。立派なりんごの木も、地面の下の根っこに支えられて立っているわけですけど、自分たちがそういう見えない世界からいかに大きな恩恵を与えていただいているか、意識することが大切だと思うんです。
きっと木村さんは、農業を通じてそういう見えない世界、他の人が意識することのない自然の偉大さをたくさん実感してこられたに違いない。そう思って、木村さんのお話をぜひともお伺いしたいと思ったんです。

関西シェフ同友会会長

小西忠禮

こにし・ただのり

昭和16年兵庫県生まれ。高校卒業後、企業勤務を経て料理の道へ。39年神戸オリエンタルホテル入社。44年日本人として初めて「オテル・リッツ・パリ」の有給従業員に。その後ヨーロッパの一流レストラン、ホテルでさらに腕を磨き48年帰国。大阪ロイヤルホテル(現・リーガロイヤルホテル大阪)を経て、56年神戸ポートピアホテル総料理長。その後ホテルオークラ神戸などを経て平成14年ホザナ幼稚園副理事長。16年同理事長就任。氏の評伝に『扉を開けろ』(髙久多美男・著/フーガブックス)がある。

食に対する国民の意識を変える

小西 木村さんは最近、りんごづくりで培った無農薬・無肥料の栽培法を、お米など他の作物にも生かすために、各地を飛び回って栽培の指導をされているそうですね。

木村 そうなんです。いまは国民の2人に1人が何らかの病気といわれて、大変な状況なわけですよ。これにはいろんな原因があると思うけれどもさ、毎日の食事も少なからず影響してると思うんです。
例えば、いまは学校でも過敏症の生徒が多くて、悪い症状が出ると困るから給食の献立をみんな同一で出せないんだそうです。だけど、肥料も除草剤も使わないでつくったお米を出したら、ほとんど症状が出ないということで、大阪の清風学園の学校給食にも取り入れていただいています。

小西 あぁ、それはとてもいいことですね。

木村 私がこれまでつくってきたりんごは、あくまでも副食なわけですよ。だから、まずは主食のお米を変えて、国民の皆さんに少しでも食べるものに対する意識を変えてもらおうということで、「農業ルネッサンス」という言葉を掲げて頑張っているんです。
最初に教えに行ったのが岡山の倉敷だったんですけど、農薬も肥料も使わないお米づくりは、田んぼの起こし方から、苗の植え方から、全部一般栽培と違います。長い間農薬や肥料を使う農業が正しいといわれてきたから、最初は随分抵抗がありました。それでも何とか続けてきて、2018年で8年目になります。いまでは新潟とか宮城とか、あちこちに同じ取り組みをする団体ができて、若い人たちが一所懸命取り組んでくれるようになりました。それからこれ、この6月から発売される発芽玄米のレトルトパックなんですけども、こういう自然栽培の商品もたくさん開発されるまでになったんです。

小西 これは画期的ですね。木村さんの思いがたくさんの賛同を呼んで、ここまで運動が広がったのでしょうね。

木村 各地の農協が全面的に協力してくれるようになったことも大きいんです。
これまでのお米はおいしければよかったけれども、この間発表されたお米のランキングでは、魚沼産のコシヒカリが初めて格下げになりました。おいしさ以外の付加価値が求められるようになってきたんです。そういう中で、農薬も肥料も使っていないお米は、おいしさ以上のプラスが期待できるわけですよ。
消費者の目がえてきたことも、後押しになっています。特に若いお母さんとか、お祖父じいさん、お祖母ばあさんは、「うちの子が過敏症にならないように」「孫にだけはいいものを食べさせたい」と言うんで、とにかくいいものを求める。そういう人が増えてきたおかげで、無農薬・無肥料の栽培に、これまで以上に光が当たるようになってきているんです。

りんご農家

木村秋則

きむら・あきのり

昭和24年青森県生まれ。高校卒業後、企業勤務を経て、46年よりりんご栽培を中心とした農業に従事。農薬で家族が健康を害したことをきっかけに、53年頃から無農薬・無肥料栽培を手がける。10年近くにわたる試行錯誤を経て、完全無農薬・無肥料のリンゴ栽培に成功。現在、リンゴ栽培のかたわら、国内外で農業指導を続けている。 著書に『自然栽培ひとすじに』(創森社)『リンゴの花が咲いたあと』(日本経済新聞出版社)など。