2022年4月号
特集
山上 山また山
インタビュー②
  • 中央葡萄酒社長 三澤茂計

山が険しいほど
見える景色は素晴らしい

2014年、世界最大級のワインコンクール「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワード」で日本固有のブドウで仕込んだ白ワイン「キュヴェ三澤 明野甲州 2013」が日本のワイナリーで初めての金賞を受賞。三澤茂計氏が家業である中央葡萄酒に入ってから32年目の快挙だった。日本産ワインを世界に知らしめるまでの道のりはまさに山また山の連続。それでも挫けることなく地道な努力を続けてきた根底にあった想いとは——。

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地元山梨の品種・甲州に魅せられて

——三澤さんが経営される中央葡萄ぶどう酒は創業から約100年ですね。

当社は1923年に山梨県勝沼町で曽祖父の三澤長太郎が創業した三澤百貨店がルーツです。長太郎の孫である父の一雄がワイン醸造じょうぞう事業を譲り受けて中央葡萄酒を設立しました。父は「グレイスワイン」という銘柄を発案し、これが私たちのワイナリー(ワイン醸造所)の通称にもなっています。私たちは父の代から地元のブドウ品種である甲州こうしゅうに魅せられてワイナリーを営んできました。欧州系ブドウ品種も生産・醸造していますが、主力はあくまで甲州なんです。

——どこに甲州の魅力を感じたのですか。

何よりも地元の品種であるということですね。この甲州という品種からつくられた白ワインが「甲州」ですが、これを日本ワインとして世界に向けて発信するため、いまロンドンを拠点にブランディングをしています。

——輸出にも力を入れられているのですね。

日本のワイン市場は縮小気味の上、若年層のアルコール離れが進んでいます。我われの会社が今後ワインづくりを永続的に行うには、どうしても海外展開が必要です。しかし日本ワインはそれほど世界に知られているわけではないので、自立した形での競争は厳しい。ロンドンというハイエンド市場でブランディングを展開しているわけです。
実は父の代の1961年から海外に向けて甲州ワインの情報発信はしていて、海外市場を視野に入れたワインづくりをするという覚悟はずっと持っていたのです。ただ、日本ワインの魅力をきちんと発信するという経験はありませんでしたし、拠点として選んだロンドンのワインジャーナリズムの素晴らしさも知りませんでした。
契機となったのは2009年に地元のワイン生産者や商工会などでKOJ(Koshu of Japan)という組織を結成し、翌年1月にロンドンでワイン関係者を集めてプロモーションを行ったことです。最初、日本のワインについて海外の人たちはほとんど何も知りませんでした。ジャパニーズワインというと日本酒(ライスワイン)か梅酒(プラムワイン)だと思われました。
それでも地道にワインの改良とプロモーション活動を続けた結果、4年目くらいにはようやくジャパニーズワインというと「甲州」という名前が返ってくるようになりました。日本の代表的なワインが「甲州」であるということがワイン愛好家も含めて浸透し始めたのです。これが私たちの海外市場に向けての足掛かりになりました。

中央葡萄酒社長

三澤茂計

みさわ・しげかず

昭和23年山梨県生まれ。東京工業大学卒業後、大手商社勤務を経て、57年に中央葡萄酒入社。平成14年三澤農場開園。現在、県内に15ヘクタールのドメーヌを管理。令和元年にはブルーグバーグ紙が4,000本のワインからトップ10に「GRACE Blanc de Blancs」を選ぶ。ブルゴーニュ・シュヴァリエ・タスト・ヴァン就任。黄綬褒章、県政功績者表彰、旭日双光章受章。著書に『日本のワインで軌跡を起こす』(醸造家である娘・彩奈との共著/ダイヤモンド社)がある。