2022年4月号
特集
山上 山また山
インタビュー③
  • 刀剣研師臼木良彦

刀剣研師の道に終わりなし

国内最高峰の刀剣研師に与えられる「無鑑査」に48歳で認定された臼木良彦氏。66歳になるいまなお第一線で刀剣研師の山を登り続け、技術の伝承・後進の育成に情熱を傾けている臼木氏に、人生の歩みを辿りながら、師に学んだ仕事の極意、自ら掴んだ人生の要諦をお話しいただいた。

この記事は約14分でお読みいただけます

真の伝承とは精神を受け継ぐこと

——臼木さんは刀剣研師とうけんとぎしの一道を約50年歩んでこられたそうですね。いま特に力を入れて取り組んでいることを教えてください。

私は2022年で66歳になるのですが、ちょうど50歳を過ぎた頃、師匠から受け継いできたこの刀剣研師の技術、大きな意味での日本の伝統文化を、自分だけのもので終わらせていいのだろうかという思いが漠然と湧き上がってきたんですね。いま技術・文化の伝承に本腰を入れて取り掛からなければ、途絶えてしまうと。
それで自分の子供が継ぐという保証もないし、強制するのも嫌でしたから、刀剣研師の仕事がやりたいという子はいないだろうかと思っていたところ、52歳の時に縁あっていま横にいる神山貴恵(現在は独立)と出会い、弟子にとりました。神山が私の初めての弟子で、いまは7年目と1年目の子が二人修業していて、2022年もまた一人入る予定です。その子で私が教えるのは終わりかな……。
というのも、刀剣研師の修業は最低でも10年掛かるんです。

——10年ですか。長いですね。お弟子さんたちには日頃どういうことを意識して伝えていますか。

私の師匠である藤代ふじしろ松雄まつお先生(人間国宝)は、昔の職人気質というか、本当に寡黙かもくな人で、口で説明するよりとにかく見て覚えろというタイプでした。私はどちらかといえば口や理論で教えているほうだと思いますが、結局、最終的には師匠と同じで、見て覚えろというところにいきますね。

——技術や文化の伝承には、言葉では伝えらない部分があると。

入門して刀を研ぐ手順などは2、3年もあれば覚えられるんです。でも、本当の修業はこれからです。例えば、刀を研ぐ砥石といしをどう選定するかというようなことは、その時の刀の状況で全部細かく違ってきます。これは見て覚える、感覚でつかんでもらうしかないわけですよ。師匠の行動のすべてに意味があるとはいいませんが、師匠が日頃どのように生活しているか、何を考えてこの技術を得たのか。そういう師匠の精神、〝生きざま〟まで見て学び取ることも、私は伝統文化の伝承なのだと思っています。
ですから、研ぎの手順を覚えることは、刀剣研師の初めの一歩にもならない。ここに日本の伝統文化、技術の伝承の難しさがありますし、道具は進歩しても、10年という修業の時間軸は50年、100年前とまったく変わらないんです。

——ああ、師匠の精神、生きざままで学び取ってこそ本当の伝承。

実際、師匠の戦前の写真と私の弟子時代の写真、そして現在の私の写真の3枚を並べると、80年、90年前の仕事場、砥石の形などが全然変わっていない。これが本当の技術・文化の伝承なんだろうなと実感しましたね。

刀剣研師

臼木良彦

うすき・よしひこ

昭和31年東京都生まれ。高校卒業後、刀剣研師で人間国宝の藤代松雄氏に入門。60年に独立。平成13年、名刀「粟田口国吉」を研ぎ、最高賞「木屋賞」を受賞。17年「無鑑査」(国内最高峰の刀剣研師に与えられる称号)に認定。東京都江東区無形文化財。双水執流組討腰之廻清漣館館主。