2020年3月号
特集
意志あるところ道はひらく
インタビュー③
  • キリンビール元副社長田村 潤

理念とビジョンに基づく
行動が奇跡の逆転劇を呼んだ

1995年、45歳の時、田村 潤氏はキリンビールで全国最下位クラスだった高知支店の支店長に任命された。負け癖のついた集団をいかにして変革し、シェア首位奪回を成し遂げたのか。鍵を握るのは「理念とビジョンに基づく行動」だという。田村氏が語った奇跡の逆転劇の顛末から、企業発展の秘訣を探る。

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企業のアイデンティティーが崩れつつある

——田村さんはキリンビールをV字回復させた経験を生かし、現在は独立して企業向けの講演や塾を手掛けていると伺っています。

日本の企業は規模の大小にかかわらず、真面目まじめで誠実な人たちが一所懸命に働いているけれども、なかなか成果が出ないことに不安を抱えている。そういうケースが多いように感じます。なぜそうなのかと考えると、かつてのキリンビールもそうだったように、環境変化に振り回され自社のアイデンティティーが分からなくなってしまっているんですね。
では、日本企業のアイデンティティーとは何か。渋沢栄一いわく、それは武士道だと。単なる金もうけのためではなく、利益よりも社会をよくする、人のために尽くすという大義や理念を持っていることです。近年、企業統治改革という名の下で経営が短期志向になり、大義や理念が形骸けいがい化され、現場が弱くなってきていると思います。

——企業のアイデンティティーが崩れつつあると。

目先利益を追求するための組織運営から理念を実現するための組織運営に変革することが必要なんです。やることはそんなに変わらないですよ。でも仕事の意味が変わることにより、取り組む社員の姿勢がまったく変わってきます。前者はやらされ感が生まれるだけですが、後者は主体性を持って自分で考えて行動するようになる。
とはいえ、企業はどうしても売り上げ・利益目標からスタートし個人の目標に下ろされます。お客さんのため、地域社会のためという理念は抽象的ですから、それだけだと社員は動けないんですよ。理念を実現するための具体的な目標をつくらないといけません。

——理念を目標に落とし込む。

ここが一番難しい。理念はいろんな会社で唱和されています。ただ、唱和にとどまってしまって、多くの人は理念を実現するために具体的に何をしたらいいかを考えた経験がないんですね。
理念が実現されるとは具体的にどんな状態なのか、そのあるべき姿=ビジョンを決め、それを実現するための戦略や方法を全員で考え、実行していく。これを続けていくとお客さんが喜び、お客さんと社員との共感のやり取りによって業績も個人の能力も劇的に変化するんです。

キリンビール元副社長、100年プランニング代表

田村 潤

たむら・じゅん

昭和25年東京都生まれ。48年成城大学経済学部卒業後、キリンビール入社。平成7年高知支店長に赴任した後、四国地区本部長、東海地区本部長を経て、19年代表取締役副社長兼営業本部長に就任。21年キリンビールの全国シェア首位奪回を実現した。23年100年プランニング設立。著書に『キリンビール高知支店の奇跡』(講談社+α新書)『負けグセ社員たちを「戦う集団」に変えるたった1つの方法』(PHP研究所)『人生に奇跡を起こす営業のやり方』(PHP新書/田口佳史氏との共著)。