出光興産を一代で大手の石油会社に築き上げる一方、人間尊重、大家族主義という独自の経営方針を貫いた出光佐三。佐三の95年の人生を辿ると、そこには大経営者という枠では収まりきらない人間的なスケールの大きさが見えてくる。敗戦のどん底の中で「愚痴をやめよ」と訓示し、1,000人の従業員を1人も解雇することなく守り通した逸話からもそれを知ることができる。佐三を敬愛する小中一貫校「志明館」館長・山口秀範氏、文芸批評家の新保祐司氏に、佐三の歩みを辿りつつ、そのめざしたものは何かを語り合っていただいた。
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出光佐三
いでみつ・さぞう
明治18年福岡県生まれ。神戸高等商業学校卒業後、酒井商会勤務を経て北九州市で出光商会を創業。昭和15年本店の出光商会に加えて国内、満州、中華民国、朝鮮、台湾における事業を担当する出光興産、満州出光興産、中華出光興産を設立し、社長として統括。昭和22年に出光興産に一本化し、41年会長、47年店主となった。出光興産を一代で民族系大手の石油会社に築き上げると共に「馘首しない」「定年制がない」「出勤簿がない」「労働組合がない」の四無主義を掲げる独自の経営方針を貫いた。古美術の収集家としても知られ、41年出光美術館を設立。昭和56年死去。 【写真=©出光興産】
小中一貫校「志明館」館長
山口秀範
やまぐち・ひでのり
昭和23年福岡県生まれ。早稲田大学卒業後、大成建設に入社。15年にわたる海外勤務の後、平成8年依願退職。翌年国民文化研究会事務局長就任。17年株式会社寺子屋モデル設立。不登校児自立支援を行うNPO教育オンブズマン理事長、福岡中小企業経営者協会会長なども歴任。令和6年北九州市に次世代リーダーの育成を目指す小中一貫校「志明館」を開校。編著に『日本の偉人100人(上・下)』(致知出版社)『名家の家訓』(三笠書房)など。
文芸批評家
新保祐司
しんぽ・ゆうじ
昭和28年宮城県生まれ。東京大学文学部卒業。『内村鑑三』(文春学藝ライブラリー)で新世代の文芸批評家として注目される。文学だけでなく音楽など幅広い批評活動を展開。平成29年度第33回正論大賞を受賞。著書に『明治頌歌 言葉による交響曲』(展転社)『明治の光 内村鑑三』『「海道東征」とは何か』『美か義か』(いずれも藤原書店)など多数。
左から山口秀範氏、新保祐司氏