日本人の勤勉性、資本主義の精神の源流をつくったとして高く評価される江戸前期の禅僧・鈴木正三。正三の生まれ故郷・愛知県豊田市則定町にある鈴木正三顕彰会の小林 誠会長に、その生涯や独自の仏教について紐解いていただいた。
鈴木正三顕彰会会長
小林 誠
こばやし・まこと
昭和30年愛知県生まれ。元県立高校教諭。平成22年退職して、米づくり野菜づくりを専らとする。令和4年より鈴木正三顕彰会会長。
鈴木正三
すずき・しょうさん
天正7(1579)年、徳川家康の家臣・鈴木重次の長子として三河国足助庄(愛知県)に生まれる。関ケ原の戦、大坂冬の陣、大坂夏の陣に出陣。その後、元和6(1620)年に江戸にて出家。三河に戻り千鳥山で修行、石ノ平に庵を構え、寛永9(1632)年に恩真寺をひらく。同14(1637)年天草・島原の乱に弟・重成が出陣し、天草の初代代官に任じられると、正三も天草へ渡り、人々の物心両面の復興に尽力する。明暦元(1655)年、江戸にて77歳で遷化。著作に「七部の書」とされる『盲安杖』『万民徳用』『麓草分』『因果物語』『二人比丘尼』『念仏草紙』『破吉利支丹』、言行録に『驢鞍橋』がある。