75年前、藤野高明さんは7歳の時に不発弾の爆発事故で両目の視力と両手を失った。実に13年間に及ぶ不就学期間を経て、盲学校に入学。唇で点字を読みながら社会科教師の道を目指して歩み始める。視覚障碍者が一般の教師になる道が閉ざされていた時代から、いかにして道を切りひらいてきたのだろうか。その前向きな生き方を通して、いまもなお人々に夢や勇気、希望を与え続ける藤野氏にこれまでの歩みをお聞きした。
元大阪市立盲学校教諭
藤野高明
ふじの・たかあき
昭和13年福岡県生まれ。21年小学2年生の時、不発弾爆発により両目の視力と両手首を失う。34年大阪市立盲学校中学部2年に編入。46年日本大学通信教育部卒業。47年大阪市立盲学校高等部非常勤講師。翌年、同校教諭。平成14年同校を退職。同年、第37回NHK障害福祉賞受賞。著書に『あの夏の朝から 手と光を失って30年』(一光社)『未来につなぐいのち』『楽しく生きる』(共にクリエイツかもがわ)がある。