2024年5月号
特集
まずたゆまず
対談
  • アメリカ国立衛生研究所主任研究員小林久隆
  • SBIホールディングス会長兼社長北尾吉孝

人類の未来を拓く
がん治療への挑戦

がん細胞だけを破壊し、免疫細胞を活性化する――そんな夢のような画期的治療法が既に実用化されている。
「第五のがん治療」と呼ばれる〝光免疫療法〟だ。世界に先駆けて日本で承認され、保険適用が始まった。
さらに研究が進展し、適応拡大されれば、8~9割の固形がんを治療でき、転移や再発もなくなるという。
開発者である小林久隆氏とその活動を支援する北尾吉孝氏に、光免疫療法の現状と今後の可能性、開発に至るまでの道のり、成否を分けるものについて語り合っていただいた。
ノーベル賞級の世紀の大発見により、がんの苦しみや悲しみから人類が解放される日は近いかもしれない。

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本対談は3月11日(月)、小林氏が研究拠点のアメリカから一時帰国中に、東京・六本木のSBIホールディングス本社で行われた。

オバマ大統領の演説が邂逅のきっかけ

小林 尊敬する北尾社長と対談の機会をいただけて光栄です。

北尾 こちらこそ。お忙しいところ、わざわざ関西からご足労いただきありがとうございます。
昨年(2023年)12月には、弊社の会員制健康管理医療サービス「SBIメディック」の交流会で小林先生にご登壇いただき、皆さん喜んでくださってすごく反響がありました。

小林 ありがとうございます。そう言っていただけると、ホッとします(笑)。

北尾 確か小林先生に初めてお会いしたのは、私がナビゲーターを務めるBSフジの『この国の行く末2』という番組でゲストにお招きし、対談した時でしたね。

小林 あれは2018年ですからもう6年も経つんですね。

北尾 私が最初に小林先生に注目したのは、2012年にオバマ米大統領(当時)が一般教書演説の中で「今日、連邦が資金提供した研究所や大学での発見が、健康な細胞には手をつけず、がん細胞だけを殺す新しい治療に結びつこうとしている」と、光免疫療法について取り上げられたことがきっかけでした。名前こそ出なかったものの、世界で活躍し、偉大な研究成果を上げている日本人がいることを知り、そこから興味を持って徹底的に調べました。
光免疫療法の詳細については、後で小林先生からご説明いただきたいと思いますが、2018年に島津製作所の最新の原子間力顕微鏡を使って観察したところ、がん細胞と結合させたIR700という光感受性物質がついている抗体に近赤外線を当てると、一斉にがん細胞が壊れていくのをとらえた。その話を聞いて「間違いなく画期的な療法だ」と確信し、番組出演のオファーをしました。

小林 1時間くらいの対談だったと記憶していますが、始まるや否や、ものすごく詳しいことに大変驚きまして、ここまで私の治療を下調べされて呼んでくださったのかと心を打たれました。
北尾社長と言えば、財界のトップでネット金融業界をリードされている方という印象で、医学に精通されているとは、その時は存じ上げなかったんです。ところが、実際にはSBIファーマという医薬品や医療機器の会社も経営されていて、これはプロと話していると思わないとダメだなと。

北尾 SBIファーマの経営理念の中に「医はじんじゅつなり」を掲げていますが、小林先生はまさにその言葉をまっしぐらに歩まれている方だと感じます。人を思いやり、仁愛の徳を施すことが医の道であると。お話をしていても、非常に謙虚で、いつも柔和にゅうわなお顔をされているんです。大変な成果を収めつつある大先生ですから、普通は偉そうにしていてもおかしくはないのですが……(笑)。実際そういう方は多いけれど、小林先生には偉ぶるところがまったくない。
その一方で、科学者ですからきちんとエビデンスを持って論理的にお話しされる。そのことに感銘を受けました。

小林 私は目の前にある研究に打ち込んでいくと、どうしても近視眼的になりやすいんですね。そこを北尾社長は常に大局的に見てくださっているという印象を抱いています。ですから、日本に帰国すると時々お話しする時間を取っていただいては、「こんなふうに進めようと思っているけれども、この方向性で大丈夫でしょうか」と。貴重なご助言をいただいて本当に感謝しています。

アメリカ国立衛生研究所主任研究員

小林久隆

こばやし・ひさたか

昭和36年兵庫県生まれ。62年京都大学医学部卒業後、京都大学医学部附属病院に放射線科の臨床医として勤務。平成7年京都大学大学院医学研究科修了。医学博士。同年、アメリカ国立衛生研究所(NIH)に3年間留学。京都大学医学部助手を経て、13年再渡米し、NIHの研究員となる。17年主任研究員。23年光免疫療法の論文が米医学誌『Nature Medicine』に掲載される。令和4年関西医科大学附属光免疫医学研究所所長に就任。著書に『がんを瞬時に破壊する光免疫療法』(光文社新書)、医学監修として『がんの消滅』(新潮新書/芹澤健介・著)。

「有志竟成」と「澹泊明志」の人物

北尾 小林先生にお会いした後、光免疫療法の開発を進めている楽天アスピリアン社(現・楽天メディカル社)への投資を決め、これまでSBIグループとして約65億円を出資してきました。もちろん今後もサポートしていこうと考えていますが、私が投資するか否かを判断する際に最も大切にしているのはやはり品格です。この人は信用できるか、本気かどうか、志があるか、私利私欲のためじゃないか、こういうところを直観で感じ取っているんです。
その点、小林先生はまさしく志の人だなと。「志ある者、事ついに成る」と『後漢書』にありますが、先生は人類をがんから救うという壮大な志を持ってやられている。がん治療の新薬「オプジーボ」を開発し、ノーベル生理学・医学賞を受賞されたほんじょたすく先生もこの言葉を座右の銘にされていて、超一流の科学者はやはり共通するものがあるなと感じました。
また、しょかつこうめいじょうげんの戦いで陣没する前、8歳の息子・諸葛せんに宛てた遺文の中に、こういう一節があります。
たんぱくあらざればもって志を明らかにするなし」
私利私欲にこだわらず、さっぱりとした淡泊な人柄でなければ、志を果たすことはできない。志というのは壊れやすいから、それを常に明らかにするには私利私欲を捨てることが大事だと言っているわけですね。「ゆうきょうせい」と「澹泊めい」、この2つの言葉は小林先生にぴったりだと思います。

小林 6年前にその言葉をいただいて以来、なかなか実現は難しいですけど、常日頃心に留めてけんさんを積んでいるところです。完成させるまでが私の仕事なので、まだまだ道半ばだと思っています。

北尾 2020年9月、光免疫療法に使われる新薬「アキャルックス点滴静注」の製造販売及びレーザー光照射による治療が、世界に先駆けて日本の厚労省で承認され、翌年1月に保険適用が始まりました。
ただし、とうけい部がんが再発し、従来の治療が効かなくなった患者さんが対象という条件つき。私自身はなぜそんな中途半端なことをするのかという思いはぬぐえないのですが、いずれにせよ人類をがんから解放するという正しい方向に着実に進んでおられますよ。

SBIホールディングス会長兼社長

北尾吉孝

きたお・よしたか

昭和26年兵庫県生まれ。49年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。53年英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村企業情報取締役、野村證券事業法人三部長など歴任。平成7年孫正義氏の招聘によりソフトバンク入社、常務取締役に就任。11年ソフトバンク・インベストメント(現・SBIホールディングス)を設立、代表取締役社長に就任。現在、SBIホールディングス会長兼社長。著書に『何のために働くのか』『強運をつくる干支の知恵』『人間学のすすめ』(いずれも致知出版社)など多数。