2026年8月号
特集
時務を識る者は
俊傑に在り
インタビュー③
  • 船橋屋社長神山恭子

会社愛こそ
成長の原動力

東京の下町、亀戸天神社のお膝元で221年の歴史を刻んできたくず餅の老舗・船橋屋。9代目社長の神山恭子氏は、同社が様々な困難を乗り越え積み重ねてきた年月は、とても一言では語れないという。その神山氏自身も、会社が陥った思いがけない窮地に経営のバトンを引き継いだ。異例の抜擢を受けた神山氏は、そこからいかに改革に取り組み、発展を遂げてきたのか。そして、入社時より貫いてきた信念とは──。

    この記事は約13分でお読みいただけます

    船橋屋社長

    神山恭子

    かみやま・きょうこ

    昭和56年埼玉県生まれ。平成16年十文字学園女子大学社会情報学部卒業。船橋屋入社。新宿店舗和菓子売り場、「こよみ」広尾店立ち上げ、通販事業部立ち上げ、組織活性化プロジェクトなどを経て、27年に社員総選挙で執行役員に選出。28年よりくず餅乳酸菌研究所にて研究担当を兼務。令和元年くず餅乳酸菌LABOを設立し取締役に就任。4年船橋屋社長に就任。

    会社の歴史は育てなければ残らない

    ──くずもちで有名な御社は、今年(2026年)創業221年を迎えるそうですね。

    1805(文化2)年に創業し、「くず餅ひと筋真っ直ぐに」という理念のもと、お客様に喜んでいただけるおいしいくず餅づくりを積み重ねてきました。
    私は歴史オタクで、船橋屋の歴史についても随分研究してきましたが、乗り越えてきた困難は数え切れないほどあって、これまでの年月はとても一言で語れるものではありません。
    中でも一番大変だったのは、東京大空襲の時だろうと思います。会社のすぐそばかめいど天神社の裏にも爆弾が落ちて、この一帯は焼け野原になったので、そこから復興させるのは並大抵のことではなかったと思うのです。さらにさかのぼれば、明治維新という日本が大きく変わった時代も乗り越えています。どんなことがあってもその時代に合わせて復興してきた歴史の重みを心に刻みながら、経営に日々取り組んでいます。

    ──御社のくず餅は、そうした尊い歴史の結晶ともいえますね。

    当社の「元祖くず餅」は、グルテン除去、450日乳酸菌発酵など、細部にまでこだわり抜いてつくっている身体に優しい発酵食品で、にない独自性の強い商品だと思っています。
    それから、保存料不使用のため消費期限は2日です。保存料を入れてもっと日持ちを可能にすれば、全国や海外でも展開できて、いまより何倍も売れるとは思います。ただ、当社には「売るよりつくれ」「を追うな」という社訓があります。これはもともと初代勘助が遺した家訓で、いたずらもうけに走ったり、うまい話を追いかけたりするんじゃない。いいものをつくればおのずとお客様はついてくるよと。おかげさまでいまは約20億円の売上高を計上していますが、この教えは常に心に刻んでいます。

    ──売り上げよりも大事なものがあると。

    これを踏まえて、いま力を注いでいることが3つあります。
    1つ目がくず餅の研究です。これまでは昔ながらの職人の技でくず餅をつくってきましたが、従来のやり方だと職人が一人前になるのに最低でも10年かかります。それから、乳酸菌発酵にも昔から450日費やしてきました。こうした伝統の科学的根拠を探ることで、そこまで時間をかけなくてもこれまで以上においしいくず餅ができる可能性も出てくる。伝統を科学することを通じて、未来のくず餅づくりを構築していきたいと考えています。
    2つ目が、くず餅乳酸菌の研究と開発です。これはお客様からの「くず餅を食べるとなぜか調子がよい」というお声がきっかけでスタートしました。くず餅をつくる過程でできる副産物なら、自分たちだけのものにするのではなく、何らかの形で世の中に役立てられないかと考えて、乳酸菌入りスイーツやサプリメントなどの新商品を開発しているのです。

    ──先ほど「飲むくず餅乳酸菌」を飲みましたが、とてもおいしいですね。

    ありがとうございます。おいしく召し上がっていただくことで健康にも寄与できる商品開発を目指しています。
    そして3つ目が、歴史を育てることです。船橋屋のくず餅は、芥川あくたがわ龍之介や吉川英治をはじめ、昔から多くの文人に愛されてきました。けれども、そういう大切な歴史は、ただ継承するだけでは残らないので、時代に合わせて育てていくことが大事だと思います。
    そこで最近行っているのが、文人の記念館との連携です。例えば、芥川龍之介の生誕祭や命日には、芥川龍之介ゆかりのばたぶんむら記念館で彼が好んだお菓子を販売させていただいています。また、吉川英治が船橋屋の黒蜜が好きでパンに塗って食べていたというエピソードをもとに、吉川英治記念館でそれを体験するイベントも開催しました。

    ──それはユニークですね。

    こういうイベントを開催すれば、参加した方々の記憶に残ると思うので、これからも積極的に開催して、私たちの大切な歴史を1人でも多くの方に体験していただき、広めていきたいと思っています。

    創業以来、無添加製法を守り続ける「元祖くず餅」