2021年3月号
特集
名作に心を洗う
我が心の名作⑥
  • シニフィアン共同代表朝倉祐介

渋沢栄一『論語と算盤』

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不変の真理を説いたビジネス書

『論語と算盤そろばん』を初めて手にしたのはミクシィの社長を退任した2014年のことでした。私の経歴を簡単にご説明させていただくと、東京大学在学中に友人と共にソフトウエアのベンチャー企業の立ち上げに携わり、大学卒業後はマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職。3年働いた後、われる形で立ち上げに関わったベンチャー企業の社長に就任し、2011年に同社を、当時国内屈指のSNSを運営していたミクシィへと売却し、同時に経営不振に陥っていたミクシィ社の抜本的な改革に取り組みました。2013年から1年間は社長として業績回復に携わり、軌道に乗ったのを見届けて退社しました。

その後、改めて自分の歩みを振り返る中で多様な本を手に取り、その一つが『論語と算盤』でした。一読後、「もっと早く出合いたかった」と心から感じた一冊です。というのも、自分が行ってきたビジネスについて、それまで言語化できずに頭で考えていたことが見事に表現されていたからです。

渋沢栄一が「資本主義の父」と呼ばれ、生涯で500以上の事業の立ち上げに関わった人であること、道徳を重んじていたことは、当然知識として知っていました。しかし、どちらかといえば道徳観や清貧せいひん思想を説いた説教くさい本だとの先入観があったのも事実です。

本書を読んで一番驚いたのは渋沢栄一の新自由主義的な考え方でした。「お金が何よりも大事」「稼いだら幸せになれる」という拝金はいきん主義こそ完全に否定しているものの、お金を稼ぐこと、渋沢栄一の表現では「利殖りしょく」という行為自体は力強く肯定しているのです。
「世の中が前に進むには、必ず大きな欲望がなければいけない。利殖を図ることが充分でなければ、決して社会は進歩はしない」
『論語と算盤』の中でこう記しています。競争は進歩のための手段であり、道義にのっとった競争はすべきである。この考えに基づき、実体験を踏まえた持論を展開しています。その内容は多岐たきにわたり、自己啓発的な要素もあれば、資本主義の原理原則を説いた部分や社会批判もあり、時事ネタを交えながら分かりやすく伝えています。

また、『論語と算盤』という書名からも分かる通り、仁義道徳と経営のバランスを大変重視しています。私自身、会社経営をする中でも、このバランスを意識することが多かっただけに、共感する点が随所にありました。

本書が執筆された時代背景を考えると、欧米列強に追いつくために人々が利殖や拝金主義にかたよった考え方に陥っていた時期でした。その世情に警鐘けいしょうを鳴らすべく、『論語』という2千年前から大切にされてきた人生の原理原則を用いて、一石を投じたのでした。その内容は、初版から100年近く経った現代においてもまったく古びることなく、通用する点が多くあるのです。

シニフィアン共同代表

朝倉祐介

あさくら・ゆうすけ

昭和57年兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。平成22年東大在学中に設立したネイキッドテクノロジーの社長就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、25年代表取締役社長兼CEOに就任。翌年業績の回復を機に退任。スタンフォード大学客員研究員等を経て、29年シニフィアンを設立。著書に『論語と算盤と私』『ファイナンス思考』(共にダイヤモンド社)がある。