2024年5月号
特集
まずたゆまず
インタビュー
  • 銀座ろくさん亭主人道場六三郎

いまも料理が恋人
この道に終わりなし

93歳、生涯現役を貫く和食の神様が語る

道場六三郎氏。この道一筋に歩み来て75年、和食の神様と称される。
この1月に93歳を迎えたが、凛としたコックコート姿はいまも健在だ。その矍鑠たる秘訣は何か。
原点にある両親の教え、若い頃からの心懸けと創意工夫の実践、逆境の乗り越え方、
後から来る者たちに伝えたいこと、老いて輝く人と老いて衰える人の差を交えつつ、「倦まず弛まず」を象徴する道場氏の生き方に迫った。

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2月22日(木)、東京に冷たい雨が降りしきる中、銀座ろくさん亭を訪ねると、別の打ち合わせを終えた道場さんはその足で私たちの前に姿を現し、1時間半のインタビューに応じてくださった。

お客様の喜ぶ顔を見ることが生きがい

──取材前にランチをいただきましたが、どのお料理も絶品で感動いたしました。

そう? ありがとうございます。いやぁそういう声を聞くとひと安心でね。僕は何が一番つらいかと言ったら、お客様が嫌な思いをして帰ること。これはもう身を切られるくらいに辛い。
飲食店なんていっぱいあるじゃないですか。それなのに、わざわざ選んで来ていただいたお客様の期待にやっぱり応えなきゃいけないし、喜んでもらえるとホッとする。お客様の喜ぶ顔を見ることが僕にとっての生きがい。だから、お客様には常に笑顔で精いっぱいのおもてなしをするんです。

──きょうは平日であいにくの天候にもかかわらず満席でしたね。

銀座ろくさん亭を開店して今年(2024年)で53年、ここに移転したのは3年前でちょうどコロナただなかでしたけど、おかげさまでその時もあまり暇じゃなかったんですよ。有り難いですねぇ。
もっとも、いまは毎日店に出ていませんが、特別なお客様がいらっしゃる時や月1回のメニュー替えの時はちゅうぼうに立ち、後輩たちの指導に当たっています。

──どんなことを日頃よく伝えているのですか?

何をやるにしても、基本を身につけなければダメだっていうことは繰り返し伝えていますね。いつも見ていて気になるのは無駄な動きが多い。例えば、野菜をでる時にこれだけあれば充分足りるのに、何気なく必要以上の水を鍋に入れてしまう。何事にも適量がある。ちょっとした差でも水は損するし、ガスは損するし、時間も損する。もうすきだらけなの。
そういうことを注意する時も、昔は「バカだな」って平気で叱っていましたけど、昔と違って言葉がうんと優しくなりましたね(笑)。僕はいま、『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』を毎日読んでいますが、加賀屋の女将さんの「人を育てる十の心得」は特に意識しています。あの本は『致知』の神髄が一話一ページにまとまっていて非常に読みやすいですし、闇夜を照らす灯台のように、人間として大切なあり方を示してくれていると感じています。

──道場さんにご愛読いただき、とても光栄です。

あと、これもその本から教わったことですが、東芝社長や経団連会長を歴任した土光どこう敏夫さんは色紙を求められると、『大学』の一節「日新 日日新」(日に新た、日日に新たなり)をよくごうされたそうですね。まさにこの言葉の通り、昨日よりもきょう、きょうよりも明日と進歩発展していくことが大事だと思います。
だから昨日もちょうど、お客様対応に関して、店の女将を務めている僕の娘に、「お客様はお名前を覚えて差し上げるとすごく喜んでくださる。そのことをスタッフに徹底しておいてくれよ」と伝えたところです。
調理場のスタッフにも、うちの店はオープンキッチンですから、「常に見られている意識を持て」としょっちゅう言います。冷蔵庫の中はれいに整理し、どこに何が入っているかを覚えて、開けたらすぐに欲しいものを取り出せるようにしておく。調理台が汚れたら布巾でサッとき、パッとたたんで置く。そういうさいな所作の機敏さや美しさが大事なんです。

──神は細部に宿ると。

ええ。他にも自分から先に挨拶をするとか、ゴミが落ちているのを見つけたらすぐ拾うとか。こういったことはいまだに気をつけて実行しています。
僕はよく「小さな勇気」って言うんですけど、例えば洗い物でも特にいまの季節は水が冷たいし、洗うのがおっくうになるじゃないですか。でも、ひとたび洗い出せば、なんてことはない。その洗い場に飛び込む最初の小さな勇気を心の中に起こせるかどうか。

──以前『致知』にご登場いただいた作家の宮本てるさんが、執筆中に行き詰まった時の対処法として「無理矢理に、一行でも書く」とおっしゃっていましたが、通底するお話だと感じます。

その通りですね。小さな勇気って不思議なもので、仕事や人生のあらゆる局面に当てはまる大切な心持ちだと思います。

銀座ろくさん亭主人

道場六三郎

みちば・ろくさぶろう

昭和6年石川県生まれ。25年単身上京し、銀座の日本料理店「くろかべ」で料理人としての第一歩を踏み出す。その後、神戸「六甲花壇」、金沢「白雲楼」でそれぞれ修業を重ね、34年「赤坂常盤家」でチーフとなる。46年銀座「ろくさん亭」を開店。平成5年より放送を開始したフジテレビ『料理の鉄人』では、初代「和の鉄人」として27勝3敗1引き分けの輝かしい成績を収める。12年銀座に「懐食みちば」を開店。17年厚生労働省より卓越技能賞「現代の名工」受賞。19年旭日小綬章受章。著書に『91歳のユーチューバー 後世に伝えたい! 家庭料理と人生のコツ』(主婦と生活社)など多数。