2017年10月号
特集
自反尽己じはんじんこ
インタビュー①
  • トラン・ブルー オーナーシェフ成瀬 正

パンが輝くかどうか
はつくる人の人間性

飛騨高山の地に行列と弟子入り希望が絶えないパン屋がある。その名は「トラン・ブルー」。オーナーシェフの成瀬 正氏は、パン職人のワールドカップで選手として世界3位、監督として世界の頂点に立った経験を持つ。氏はいかにして腕を磨き、繁盛店へと育て上げたのか。決して妥協を許さない求道の歩みは、自反尽己の精神の化身に他ならない。

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行列と弟子入り希望が絶えない理由

——岐阜県高山市に行列の絶えないパン屋さんがあると聞いてやってまいりました。ひっきりなしにお客様が来店されていて、ものすごい繁盛ぶりですね。

東京から4時間半ほど離れた田舎の小さな店にもかかわらず、ゴールデンウィークや夏休みになると、必ず100人以上のお客様が開店前に並んでくださっています。多い時は行列が200人を超えることもありますし、平日でも10人から20人くらいのお客様が待っていてくださっています。
地元の方はもちろん、わざわざ他県から何時間もかけて車や電車で来られる方も多いですね。
  
——なぜこれほどまで人気があるのでしょうか。

うちは珍しい素材を使ってパンづくりをしているわけでも、フランスで修業して帰ってきたわけでもありません。特に変わったことはしていません。
ただ、私は決してお客様の期待を裏切ってはいけないという強い気持ちがあり、目の前の商品がもっとよくならないか、と常に高みを目指して仕事に打ち込んできました。そこはぶれることなく貫いてきたつもりです。そういうぶれない姿勢がお客様やスタッフたちにも通じていると思います。
うちの店では、約100種類のパンを1日に2,000~3,000個焼くんですけど、焼き上がると「集まれ」って言うわけじゃないのにスタッフたちがオーブンの前に集まってきて、「この点がよくない」「昨日とこの辺が違う」って始まるんですよ。
要するに、もっとよくなるためにはどうしたらいいか、小さな差を見つけて改善する。そういうことを毎日やっているんです。そのためには、小さな差を見つけ出せる目の訓練も必要となります。
  
——とことんおいしさを追求し、創意工夫を重ねると。

小麦の銘柄や産地、酵母の発酵や熟成の度合い、水の硬度、その日の気温とか湿度によって、同じ人が同じやり方でつくってもパンのでき上がりは全然違います。ですから、どんなに突き詰めてもパンづくりには人智を超えた部分があって、分からないこともたくさんある。それを探りたくて仕方ないんですね。
私はパン職人になって30数年経つんですけど、いまだに自分が理想とするパンに仕上がったことは1度もありません。
  
——1度もないのですか──

もちろん食べるとおいしいですし、商品としては合格点です。しかし、足りないと感じたところを改善すると、また新たな課題が見えてくる。その繰り返しだから終わりがないんです。
店名の「トラン・ブルー」っていうのは、フランス語で「ブルートレイン(寝台列車)」の意味です。目的地に向かって長い距離を夜通し走り続けるブルートレインのように、果てなきパンづくりの道をひたすらコツコツと進んでいき、地方できらりと輝く店を目指すという願いを込めているんです。
どの世界でもそうだと思うんですけど、満足してしまったらそこから進歩がない。どうしたら100%のものがつくれるんだろうと常に考えながら日々闘っています。

トラン・ブルー オーナーシェフ

成瀬 正

なるせ・ただし

昭和35年岐阜県生まれ。58年成城大学卒業後、アートコーヒー入社。日本パン技術研究所、ホテルオークラ東京を経て、61年帰郷。平成元年「トラン・ブルー」をオープン。著書に『世界も驚くおいしいパン屋の仕事論』(PHP研究所)『トラン・ブルーが切り拓くパンの可能性』(旭屋出版)がある。