2026年9月号
特集
めざすものを持つ
一人称
  • 日本政策研究センター主任研究員岡田幹彦

「教育勅語」の
教えを見直す

人としてめざすべき
生き方の規範ここにあり

生成AIなど科学技術の目覚ましい進歩と裏腹に、若者による犯罪が目に余る昨今。小中高生の自殺者数は戦後最多を記録した。私たちがめざすべき、万古不易の生き方の規範はないのだろうか。明治23年に発布された「教育勅語」こそ、人の生き方の根本を説く最高の文章であると、日本の歴史・偉人に通暁つうぎょうする岡田幹彦氏は語る。明治天皇が勅語に込めた深き思いと教えをひもといていただいた。

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    日本政策研究センター主任研究員

    岡田幹彦

    おかだ・みきひこ

    昭和21年北海道生まれ。國學院大學中退。学生時より日本の歴史および人物について研究を続け、月刊『明日への選択』に「上杉鷹山」「勝海舟」等多くの人物伝を執筆、全国各地で歴史講座や歴史講演会を行っている。現在、日本政策研究センター主任研究員。著書に『日本の偉人物語』(現在11巻、光明思想社)など多数。

    戦後日本人が忘れてきた生き方の規範

    戦後80年が過ぎました。この80年を振り返ると、戦勝国アメリカから自由や人権、民主主義思想が持ち込まれ、経済復興のかたわら「個人の尊厳」がことさら強調された年月だったと言えます。

    しかし、私たちは敗戦と共に、大切なものを置き忘れてきてしまったのではないでしょうか。それは何と言っても、立派な人間を育てる倫理や道徳の教育、徳育です。そういう日本人が大切にしてきた精神を結晶させた最高の文章が、明治23(1890)年、明治天皇の御名により発布された「教育ちょく」だと私は考えます。

    教育勅語と私の出合いは、故郷北海道から上京し大学生活を送っていた昭和45年、皇學館大学の先生方が著した『教育勅語を仰ぐ』を手にしたことです。

    そこには日本史にさんぜんと輝く明治維新から、勅語が発布される明治23年まで、我が国は近代化をあせるあまり、意外にも思想的に混迷を極めていたことが記されていました。戦後日本とうり二つではないか、と驚いたものです。

    そのような明治日本の行く末を誰より憂えたのは、政治家ではありませんでした。他ならぬ明治天皇です。国家の元首としてのお立場から世を見守ってきた天皇が、万難を排して勅語発布を命じたことで、日本は混乱を脱します。これが明治後期以降、人物をはぐくみ、世界に躍進する土台となるのです。そのけいがんと深いおおごころに、私は衝撃と感銘を受けました。

    ところがGHQの占領下にあった昭和23年、衆参両院の決議により教育勅語は公教育から排除され、現在に至ります。明治期、勅語が西洋に紹介されるや絶賛を受けていた事実を知る日本人は、もうほとんどいません。発布から135年を経たいまこそ、その教えを見直したいものです。

    明治天皇 ©UIG/時事通信フォト