2018年7月号
特集
人間の花
インタビュー②
  • ハニーファーム代表理事船橋康貴

すべてはミツバチが
知っている

「ハニーさん」の愛称で知られる一人の養蜂家がいる。船橋康貴氏だ。すべてをミツバチから教わったと語る船橋氏の活動は、養蜂に止まることなく、環境問題に関する積極的な情報発信や講演活動、主に子供たちを対象にした「ハチ育」など多方面にわたる。ミツバチから私たちは何を学ぶべきなのか。本欄ではその一端をお話しいただいた。

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ミツバチと環境問題

——船橋さんは養蜂家としてハチミツをつくるだけでなく、環境問題に関しても積極的に情報発信をしておられるそうですね。

環境問題をより身近に感じてもらうためには、ミツバチのことを話すのが一番分かりやすいからなんです。そもそも、地球上の食べ物のうち約70%はミツバチの受粉に支えられていて、それを知ってか、あのアインシュタインも「ミツバチが地上から姿を消すと人類は4年以内に滅びる」と語っているんですよ。

——世界的な物理学者がそんな言葉を残しているのですか。

なぜそんなことが言えるのかというと、ミツバチが地球上の生態系を維持する起点として存在しているからなんです。
ミツバチは花から花へとミツを集めるかたわら受粉を手伝っているため、様々な野菜や果物などの実がなる。その実を食した動物たちのふんに紛れて大地に種が落ち、芽が出ることで森が維持されていく。その森は酸素を生み出すとともに、土壌に溜まった水が栄養素と一緒に染み出て川から海へと注がれ、その栄養素でプランクトンが育ち、魚介類の餌にえさなる。その一方で海の水が蒸発して雲ができ、雨を降らせて大地や生き物を潤すわけですが、ミツバチがいなくなってしまうと、こうした循環がストップしてしまうのです。
食物連鎖というのは学校でも習うと思いますが、地球上の命の連鎖については教わりませんよね。だから日本ではミツバチを見ると、「あ、怖い。逃げよう」ってなるのに対して、フランスなどではきちんと教えられているので、「ミツバチさん、ありがとう」となる。

——ミツバチに対する認識が国によって全然違うわけですね。

ええ。そして、そのミツバチの数が実際に減っていて、2008年の時点で北半球のミツバチが3分の1程度になったという報告もあります。詳しい統計は出ていませんが、僕ら養蜂家にしてみればミツバチが着実に減っていることは肌身で分かるんですよ。
もしこのままミツバチの減少が続けば、いずれ食料危機が訪れる。その兆候はクマやイノシシが人里に出てきていることにも表れていて、その原因はミツバチの減少に伴って森の中でわずかしか受粉が行われていないことにあって、食料となる木の実などが著しく減っているからなんですよ。

——なぜミツバチが減っているのでしょうか?

その理由は主に2つあって、一つは農薬です。中でもネオニコチノイド系農薬はミツバチの脳神経をダメにして死滅させる。実際、僕が育てているミツバチも、2016年の秋に一夜に40万匹が全滅してしまい、その原因を調べてみたところ、近くで農薬がかれていたことが分かりました。

——一夜にして40万匹も。

もう一つの理由が、温暖化に見られる気候の変化です。僕らが子供の頃は、春夏秋冬が割とはっきりしていたと思うんですが、いまは冬でも冬らしさが薄れてきてしまったでしょう。
ミツバチにとって冬越しというのは大きな試練なんです。そのため、ミツバチたちは体を寄せ合って、羽を震わせながら巣箱の中を34度に保って桜の開花の時期をジッと待ちます。
ところがまだ冬の最中に暖かい日があると、ミツバチは動いちゃうんです。ところがまたガクンと寒くなるものだから、その際に力尽きて死んでしまう。つまり環境の変化による生態系へのダメージも放っておけないんですよ。

——その2つの原因でミツバチが徐々に減ってきていると。

生き物の減少って、なだらかに下降することはなく、下降し始めた時点でドーンと落ちるんです。ミツバチにしても、いまグッと落ち始めたところにいる感じなので、このまま手を拱いていれば日本では10年もかからずにミツバチがいなくなってしまうかもしれません。先進国の中でも、特に日本はミツバチが減少する条件が揃ってしまっているんです。
だからこそ、ミツバチを起点に地球上でいま何が起こっているのかを伝えるのが、僕の役割だと思っています。人類の生死をもつかさどる小さな命を、このまま根絶やしにしてしまってよいのかという問題は、環境について考える上で大切な視点だと思うんですよ。

ハニーファーム代表理事

船橋康貴

ふなはし・やすき

昭和35年愛知県生まれ。中京大学卒業後、信販会社に就職。平成13年環境シンクタンクを設立。名古屋工業大学大学院で産業戦略工学専攻。51歳で養蜂家の道に入る。24年一般社団法人ハニーファームを設立、代表理事を務める。