2018年4月号
特集
本気 本腰 本物
対談
  • いすみ鉄道社長鳥塚 亮
  • 津エアポートライン シニアエキスパート、若桜鉄道前社長山田和昭

かくして会社と
地域を甦らせた

地域の過疎化や少子高齢化により、第3セクター鉄道の多くが経営難に陥っている。千葉県のいすみ鉄道と鳥取県の若桜鉄道も、かつては廃線寸前に追い込まれていた。しかし、優れた経営トップを得たことで、奇跡的にV字回復を遂げたのである。鳥塚 亮氏と山田和昭氏。共に公募社長として、資金に恵まれない中、アイデアと創意工夫によって会社と地域を甦らせた。その2人が語り合う改革の要諦と地方の生きる道——。

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お互いにないものを持っている

鳥塚 山田さんと初めてお会いしたのは、山田さんが由利高原鉄道(秋田県の第3セクター)のお手伝いをしていた時でしたっけ?

山田 その直前ですね。私は2012年8月に由利高原ゆりこうげん鉄道のITアドバイザーに就任したのですが、その2か月前に東京で開催された地域鉄道フォーラム「公募社長サミット」に参加しました。あの時は一鉄道ファンの立場で鳥塚さんとお話をさせていただいて。

鳥塚 山田さんが若桜わかさ鉄道(鳥取県の第3セクター)の公募社長に決まってからは、我われ公募社長同士は結構仲間意識が強いこともあって、親交が深くなっていきましたね。鳥取県と千葉県で離れていたんですが、年に数回はお会いしていました。

山田 鳥塚さんはいすみ鉄道(千葉県の第3セクター)の社長として道を切り開いている方なので、仕事の考え方とか鉄道の生かし方など、私はもう学ぶ一方でした。ですから、私がやってきたことと言えば、ほとんど鳥塚さんの焼き直しです。

鳥塚 とんでもない。山田さんは私にないものをいっぱい持っていらっしゃるんですよ。いつも会う度に言っていますが、まず真面目まじめ過ぎるくらいに真面目。それと、最先端のマーケティングから昔の戦陣訓まで知識の幅が広く、物事を正面からとらえてきちんと分析し、データベースをつくっている。
私は不真面目で、行き当たりばったりというか(笑)。ポリシーがあるとすれば、世の中の状況を見ながら臨機応変に対応していくこと。だから、緻密ちみつさを持っているのが山田さんで、大胆さを持っているのが私なんでしょうね。お互いにないものを持っているという感じがします。

いすみ鉄道社長

鳥塚 亮

とりづか・あきら

昭和35年東京都生まれ。大学卒業後、学習塾職員などを経て、27歳の時に大韓航空入社。30歳の時に英国航空に転職。副業として鉄道前面展望ビデオの販売を開始、シリーズ総計600本を超える。平成21年いすみ鉄道の社長公募に応募し、社長に就任。ムーミン列車の運行、物販の拡充、訓練費用自己負担運転士募集などの営業努力で収支を改善し、存続に筋道をつけた。著書に『ローカル線で地域を元気にする方法 いすみ鉄道公募社長の昭和流ビジネス論』(晶文社)。

異質のものを結びつけていく

山田 それにしても、このような対談は初めてなのでちょっと緊張します(笑)。

鳥塚 飲み屋で語り合うくらいですからね(笑)。
 いつもフェイスブックで山田さんのご活躍を拝見していますが、いまは津エアポートライン(三重県)という海運会社にお勤めされていらっしゃいますね。

山田 若桜鉄道では3年かけていろいろな改革を行い、地域公共交通網形成計画もつくられ、再建のレールを敷くことができたので、2017年6月に社長を退任しました。いまは津エアポートラインのシニアエキスパートとして勤務しているんです。
当社は三重県の津なぎさまちと、その対岸にある愛知県の中部国際空港(セントレア)を結ぶ定期旅客高速船を運航しています。ということは、船を目的に乗りに来られるお客様はいないんですね。

鳥塚 空港に行くための交通手段として、船を利用されるお客様がほとんどだと。

山田 ですから、対岸(三重県)に渡りたくなるニーズを喚起しない限り、お客様は増えません。
三重県は伊勢神宮や松阪牛といった一級の観光資源がたくさんあるのに、それぞれが点でしかプロモーションしておらず、海外のお客様をまだ多くは呼び込めていません。それらを面としてちゃんと一つのブランドにしようと。また、セントレアから関西国際空港まで道をつなげば、うちの航路も必然的にその上に乗っかるわけなので、そうしたほうが楽しいよねと。
こっちにあるものとあっちにあるものを結びつけ、よりよい価値を生み出していくことで、巻き返しを図っているところです。

津エアポートライン シニアエキスパート、若桜鉄道前社長

山田和昭

やまだ・かずあき

昭和38年東京都生まれ。早稲田大学理工学部卒業。62年からIT業界でシステム開発営業やマーケティングに携わる。平成24年由利高原鉄道のITアドバイザーに就任。25年地域鉄道の業務支援を行う日本鉄道マーケティングを設立。26年若桜鉄道の社長公募に応募し、社長に就任。29年7月より津エアポートラインのシニアエキスパートを務める。著書に『希望のレール 若桜鉄道の「地域活性化装置」への挑戦』(祥伝社)。