2022年6月号
特集
伝承する
インタビュー③
  • たねやグループCEO山本昌仁

「三方よし」の精神を
現代に生かし、
皆が幸せになる
世の中を実現する

今年(2022)創業150年の節目を迎える老舗菓子舗、たねやグループ。「三方よし」の教えで知られる近江商人発祥の地で創業した同社は、その商いの精神を現代に生かし、時代をリードするお菓子づくりや事業を展開してきた。2011年にたねや4代目を継承した山本昌仁社長に、仕事に懸ける思い、これからの時代に求められる経営のあり方について伺った。

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近江商人の教えはSDGsに通じる

——コロナにも負けず、御社は老舗菓子舗として今年創業150年の節目を迎えるそうですね。

2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されるということで、かなり気合を入れていたのですが、そこにコロナ禍が来てすべてが止まってしまったんです。全国に40以上あった店舗を2週間全部閉めました。不安で仕方ありませんでしたが、経営者として最初に社員に伝えたのは皆の雇用は守る、絶対皆を辞めさせないということでしたね。
そしてお菓子をつくっても売る場所がないという状況の中で、いろんな方々から救いの手を差し伸べていただいて、新たな販路での商売に動き始めたのが5月頃。要はこれまでお客様にデパートなどの売り場まで買いに来ていただいたのが、逆に自分たちから売り歩くという方法を取ったわけです。

——新たな販路をひらいていかれた。

ええ、社内からもたくさんの意見が出てきて、例えばお菓子の工場でドライブスルー販売をやったり、インターネットやコンビニで販売したりと、いままでにない販売チャンネルがどんどん増えていきました。また、菓子屋としてお菓子を破棄するのはあってはならないとの思いもあって、在庫になったお菓子は、コロナの最前線で戦っている医療従事者の方などに配らせていただきました。
でも、やっぱり一番支えになったのは、「誕生日や冠婚葬祭に必要なお菓子をどこで買ったらいいの?」「お店を閉めないでほしい」というお客様からの声でしたね。
そこから、とにかく早くお店を開けよう、できることは何でもやろうというように会社全体が前向きに変わっていきました。さらに業務のデジタル化をはじめ、社内の無駄をどんどん省いていったことも加わって、昨年は過去最大の利益を出すことができました。

——お客様の支えが困難を乗り越えていく力になったのですね。

お菓子をお客様に食べていただき、幸せになっていただくことが私たちの仕事。その当たり前だけども、忘れかけていた原点をコロナ禍が教えてくれました。
そもそも、ここ近江おうみはちまんは、「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」で有名な近江商人発祥の地なんですね。私はこの教えは現代のSDGsエスディージーズ(持続可能な開発目標)そのものだと思っているのですが、まさに売り手・お客様の幸せ、自然環境を含めた世の中全体のバランスを大事にする近江商人の教えこそ、商売の原点であり、コロナ以後の世界でますます求められてくる生き方だと思います。
私自身も、それまでは無理にでも予定や出張を入れるのが仕事だと思っていました。でも、コロナ禍を経て、いまは自然を眺める、家族と食事を楽しむ、一人ゆっくり考える時間の尊さに気づかされ、人生観が大きく変わりました。

たねやグループCEO

山本昌仁

やまもと・まさひと

昭和44年滋賀県生まれ。19歳より10年間和菓子修業を重ねる。全国菓子大博覧会にて「名誉総裁工芸文化賞」を最年少受賞(24歳)。平成14年洋菓子のクラブハリエ社長。23年たねや4代目を継承。25年より現職。著書に『近江商人の哲学「たねや」に学ぶ商いの基本』(講談社現代新書)。