終戦後のシベリアで過酷なラーゲリ(強制収容所)に抑留されながら、勉強会や俳句の会を主宰し続け、不屈の精神を以て人間らしく生きることに徹した山本幡男。幡男はなぜ生きる希望を失わなかったのか――。その艱難辛苦の人生から見えてくる希望を失望に終わらせない要諦を、「山本幡男を顕彰する会」の岡田昌平会長に繙いていただいた。
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山本幡男を顕彰する会会長
岡田昌平
おかだ・まさひら
昭和17年島根県西ノ島生まれ。46年中央大学卒業。58年西ノ島町町長就任。平成10年「山本幡男を顕彰する会」を設立、以来現職。平成11年西ノ島町町長を退任。
山本幡男
やまもと・はたお
明治41年島根県隠岐島黒木村生まれ。東京外国語学校(現・東京外国語大学)に進学。昭和11年南満州鉄道会社の調査部に入社。20年日本降伏後ソ連に抑留され、スヴェルドルフスク収容所に収容。25年俳句をつくり合う「アムール句会」の活動を開始。29年喉頭癌性肉腫悪化のため収容所内の病室で逝去。