2020年4月号
特集
命ある限り歩き続ける
特別講話
  • 茶道裏千家前家元千 玄室

生涯、茶の心で生きる

茶道裏千家前家元の千 玄室氏、数え年98。いまもなお身のこなしは軽やかで、話口調にいささかのよどみもない。まさに青年のような若々しさだ。「一盌からピースフルネスを」の理念を掲げ、茶道の普及のために国内外を飛び回る千氏の力の源泉はどこにあるのか。また、茶道に懸ける信条とはどのようなものなのか。2020年1月25日に東京プリンスホテルで開催した新春特別講演会(弊社主催)でのご講演内容をもとに追加取材を行い、その人生観、仕事観を特別講話としてここに紹介する。

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真の平和はどうしたら実現するか

東京オリンピック・パラリンピックが近づいてまいりました。私も複数のスポーツに関わっておりますために、いろいろな協議の場に参加する機会が増えてきました。私は子供の頃から武家作法で鍛えられ、柔道や剣道の稽古けいこに励んだものですが、数えで98になるいまも続けているのは馬なのです。日本馬術連盟の現役の会長も務めております。

最初、8歳で父親に馬に乗せられた時は嫌で嫌でたまりませんでした。かまわないなと思っていたのですが、だんだん好きになって、旧制中学に入るや、すっかり傾倒してしまいました。教官には随分と鍛えていただき、これまでに何度も大きな試合に出場しました。

いまも京都乗馬クラブに一頭預けておりまして、時間を見つけては時折足を運んでおります。馬というのはとても愛らしいけれども怖いのです。トントントンという私の足音が近づくと馬小屋からすっと顔を出して待っている。しかし、しばらく顔を見せていないと、足音が聞こえてもプンと知らんふりをする(笑)。

東京オリンピックでは、世田谷の馬事公苑ばじこうえんを会場に、障害馬術(障害物を飛び越えながら走行時間を競う種目)、馬場馬術(演技の正確さと美しさを競う種目)、海の森公園の特設会場での総合馬術(先の2つにクロスカントリー走行を加えた種目)の3種目が行われることになっておりますが、これらは馬と乗り手が一体となって初めてできるものです。

スポーツもそうでありますけれども、人間にとって一番大事なものは何かと考えると、やはりそれは『致知』が説く人間力です。人間の持つ力というものはどういうものなのか、いまのこの時代にそのことを考えるのはとても意義があるように私は思うのです。

いまいろいろな問題が世界中で起きておりますね。平和という言葉が至るところで使われていますが、私は平和という言葉を口にするのは好きではありません。なぜなら平和という言葉を使っているということは、まわしい問題が世界で起きているということですから。

平和、平和と口先だけでいくら叫んでも平和はまいりません。人間が持っているその素晴らしい力によって様々な問題を収めてこそ、本当の平和な世界が実現できるのではないでしょうか。人間力が問われる理由の一つはそこにあると思っています。その意味におきまして、日本は経済力と共に、伝統文化の力をぐっと押し出していくことも重要なのです。

茶道裏千家前家元

千 玄室

せん・げんしつ

大正12年京都府生まれ。昭和21年同志社大学法学部卒業後、米・ハワイ大学で修学。39年千利休居士15代家元を継承。平成14年長男に家元を譲座し、千玄室大宗匠を名乗る。文学博士、哲学博士。主な役職に外務省参与、ユネスコ親善大使、日本・国連親善大使、公益財団法人日本国際連合協会会長。文化功労者顕彰・勲二等旭日重光章・文化勲章、レジオン・ドヌール勲章オフィシエ、レジオン・ドヌール勲章コマンドール(共にフランス)、大功労十字章(ドイツ)、独立勲章第一級(UAE)等を受章。