2016年5月号
特集
視座を高める
対談
  • ラ・ベットラ・ダ・オチアイ オーナーシェフ落合 務
  • リストランテ・アルポルト オーナーシェフ片岡 護

食の喜びを
求め続けて

日本人に広く親しまれているイタリア料理。落合 務氏と片岡 護氏は、ともにその礎を築いたパイオニアである。日本でまだイタリア料理がほとんど浸透していなかった草創期より、高い視座で切磋琢磨し、予約が困難なほどの人気店をつくり上げてきたお2人の一流シェフに、食の道に懸ける思いを語り合っていただいた。

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食は楽しむもの

落合 片岡さんとのお付き合いも、もう30年以上になりますね。

片岡 早いものですねぇ(笑)。

落合 僕が赤坂の「グラナータ」で料理長にしてもらったのは昭和57年だけど、片岡さんはもうその前から南麻布の「マリーエ」で料理長を務めていらっしゃったでしょう。その時分はまだ面識はなかったけど、評判を聞いて何度か通わせてもらって、あぁこういうお店もいいなと思っていた。仲良くさせてもらうようになったのは、片岡さんが翌年に独立して西麻布で「アルポルト」を始められてからだけど、おかげでいろいろ情報交換できるようになったのは、本当にありがたかったですよ。何しろ当時は、イタリア料理について聞ける人がほとんどいませんでしたからね。

片岡 だってあの時分は、イタリアンのお店もまだ10軒くらいしかなかったでしょう。だから、イタリア料理をどうやって日本に広めていこうかっていうことを、お互いによく語り合いましたよね。

落合 あの頃は西洋料理っていえばフランス料理で、イタリア料理なんて「その他各国料理」だったから(笑)、一人でも多くの人に知ってもらいたくてね。それがだんだん「イタリア料理っていいね」と言われるようになって、イタリア貿易振興会によれば、パスタの専門店も入れるといまでは2万5,000軒以上もあるっていうから、感慨深いですよね。最近ニューオープンするお店を見ると、大体イタリアンでしょう。

片岡 どこかが閉店しても、また別のお店ができるから、数が減らなくて増える一方なんですよ。

落合 嬉しいのは、イタリア料理は気楽に食べられるってよく言われることです。

片岡 フランス料理と違って、あんまり肩肘張らずにね。

落合 イタリア料理はフランス料理のもとなんだから、本来は格式のある料理なんだけど、日本では皆で楽しく食べようぜって感じで、とても親しまれているんですよ。

片岡 もともと食事っていうのは楽しむものですからね。2人でお店に来れば、そこに2人だけの世界ができるわけじゃないですか。
そこで一緒に笑ったり、泣いたり、たまに喧嘩もしたり、いろんなドラマを紡いでほしいし、最後に楽しかったなって言ってもらえればいい。そのお手伝いをして僕たちはお金をいただいているわけですよね。

落合 そうそう。食堂はイタリア語で「リストランテ」だけど、これには力を蓄える場所、力をもらえる場所っていう意味がある。お店に来てくださったお客様に、楽しい時間を過ごしていただいて、元気になって帰っていただいたら、言うことはないよね。

(ラ・ベットラ・ダ・オチアイ オーナーシェフ)

落合 務

おちあい・つとむ

昭和22年東京都生まれ。フランス料理のシェフを夢見て、41年ホテルニューオータニ入社。同社を退職後、イタリアでの料理修業を経て、57年東京赤坂のイタリア料理店「グラナータ」料理長。その後独立し、平成9年東京銀座に「ラ・ベットラ」をオープン。日本一予約のとれないレストランとして知られるようになる。21年日本イタリア料理協会会長。

こだわりは、笑顔で帰っていただくこと

落合 そういう意味では、俺はそんなメニューは出したくないとか、あんなのは俺の流儀に反するとか、そういうこだわりはないですね。お客様の懐具合に合わせたお料理を、きちんとお出しして喜んでいただく。こだわりって言えば、お客様に笑顔で帰っていただきたいっていうのがこだわりですね。

片岡 それは大賛成。だから僕は、カツ丼だろうが、カレーだろうが、オムレツだろうが、つくれって言われればつくるの。「ラーメンを出せ」って言われたら、ラーメンを出しますよ。もちろん、うちのお店にある材料でラーメンはできないから、イタリア風になるけどね(笑)。要するに、お客様のニーズになるたけ近づけてさしあげるっていうことはするんですよ。できないことはできないってお伝えするけど、できることは何でもやりますよ。

落合 何しろ、喜んで帰っていただかないと次がないからね。

片岡 そうですよ。とにかく、あのお店に行ったら楽しいなとか、多少の無理は聞いてくれるとか、そんな余裕を残しておきたいですよね。

落合 やっぱりお客様っていうのは、「俺はこの店の顔なんだよ」という気持ちを持ちたいものなんです。「俺と一緒にあの店に行ったら、いいサービスをしてくれるよ」とかね。そういう選ばれてるっていう感じを、どのお客様にも持ってもらいたいんですよ。

片岡 お客様は美味しいものを食べたいし、お店からよくしてもらいたいと思っていらっしゃる。その気持ちを満たしてさしあげるのが僕たちの役目ですよね。
でもお客様は一人ひとり違うし、初めてお越しになる方、常連の方、それぞれに相応しいちゃんとした対応をしないといけないわけです。

落合 それぞれに好みもあるしね。ずっと話の相手をしてほしいというお客様もいらっしゃれば、注文を取ったらもう2人だけにしてほしいというお客様もいらっしゃる。

片岡 早くお出ししないと怒る方もいらっしゃるし……。

落合 ……逆に、あんまり早くお出しすると「早く帰れって言うのか」と気を悪くなさったり(笑)。なかなか難しいところではあるけれども、そこをこっちで上手く見極めて、喜んで帰っていただいた時は本当に嬉しいよね。するとそのお客様はリピーターになってくださる。そういうお客様が集まってお店が成り立っているわけです。

片岡 その積み重ねですよね。だから長く続けられるわけで、それに応えられない店は、一時的によくてもだんだんお客様が減っていって、10年経った時には姿を消していますよね。

リストランテ・アルポルト オーナーシェフ

片岡 護

かたおか・まもる

昭和23年東京都生まれ。工業デザイナーを志すも藝大受験に失敗し、知人の外交官に伴われイタリアで5年間総領事付料理人を務める。その後日本とイタリアで料理修業を重ね、52年東京南麻布のイタリア料理店「マリーエ」料理長。6年間連日満席という偉業を成し遂げる。58年に独立し、「リストランテ・アルポルト」を西麻布にオープン。