2017年1月号
特集
青雲の志
一人称
  • 東洋思想研究家、イメージプラン社長田口佳史

横井小楠と
佐久間象山に
学ぶもの

強大な西洋近代文明の脅威に直面した幕末日本。未曾有の国難に誰もが浮き足立つ中、驚くべき先見の明を発揮し、国の進むべき道を指し示したのが、横井小楠と佐久間象山である。内憂外患の現代日本が、2人の高い志から学ぶべきものを探った。

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危機打開の道を明示してくれる2人の先賢

私は20年にわたり、東洋思想をベースとする経営指導に携わってまいりました。そんな私のもとへこの頃、西洋の学問を修めた方がしばしば訪ねてこられるようになりました。文明の大転換によって西洋近代思想が行き詰まってしまい、何かこれに替わる新しい指針を得たいというのです。大学やメーカーの研究所からも、発想の転換をしてこの行き詰まりを打開したい、と頻繁にご相談をいただいています。少し前までは、東洋思想をやっているというと、変わり者と思われたことを考えると、隔世の感があります。

いまの日本は、少子高齢化で将来への明るい見通しも立たない上に、近隣大国の脅威にもさらされ、まさに内憂外患、国家の大難事に直面しています。実はこの状況は、いまから150年前の幕末の様相と瓜二つです。そして注目すべきことは、当時の日本が山積する難題を極めて短い間に克服し、東洋の奇跡と謳われる近代化を見事に成し遂げたことです。私は、この幕末史にこそ現代日本が指針とすべきものがあると考え、研究を重ねていく中で浮かび上がったのが、横井小楠と佐久間象山でした。

当時、お隣の大国・清は、アヘン戦争に敗れイギリスに蹂躙されていました。すぐそこまで押し寄せてきた西洋近代文明の脅威に、日本中が凍りつきました。これを力で打ち払おうとする攘夷論が沸騰し、国粋主義的な気運が高まっていく中、横井小楠と佐久間象山は、全く違う視点で日本の危機を捉えていました。

2人は、この難局は東洋思想に対する西洋近代思想の挑戦と捉え、東洋思想によって西洋思想を羽包んでいくことこそ肝要と説きます。東洋思想は、西洋思想のように力で相手を屈服させる覇権主義的な性質のものではない。仁義、道徳に代表される人間性をもって国を統治していく東洋思想こそが、この国難を乗り越える真の力になると説きました。

そして横井小楠は、儒教の教えを時局に応じて柔軟に生かしていく必要があるとして、『書経』の深読みを説きました。『書経』とは、東洋思想の根幹をなすテキスト、四書五経の一つであり、ここでは同書を古代の理想国家である堯・舜・禹、更に夏・殷・周3代の治の象徴として挙げているのです。3代の治とは、士道に基づく富国強兵であり、東洋思想に基づく近代化を図っていくためには、この3代の王道の政治をいまの世に復活させるべきだと主張したのです。

一方の佐久間象山は、東洋の道徳と西洋の芸術(技術)、つまり東洋と西洋の半球が一体になってグローバルという球体が形成され、初めて世界は安泰になると説きました。まず道徳という国是が確固としてあった上で軍備などの近代化を進めていくべきことを主張したのです。

現代社会で取り沙汰されるのは専ら技術のことばかりです。この国家の大難事に私たちが大切にすべきことは何なのか、偉大な先人たちの足跡を辿りながら考察してみたいと思います。

東洋思想研究家・イメージプラン社長

田口佳史

たぐち・よしふみ

昭和17年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、日本映画社入社。47年イメージプランを創業。著書に『貞観政要講義』(光文社)『超訳孫子の兵法』(三笠書房)『リーダーに大切な「自分の軸」をつくる』(かんき出版)『清く美しい流れ』(PHP研究所)など多数。