2017年5月号
特集
その時どう動く
対談3
  • 大王製紙社長佐光正義
  • 諏訪中央病院名誉院長鎌田 實

その時、リーダーは
どう動くか

大人用紙おむつ「アテント」やティシュペーパー「エリエール」などの主力商品を武器に製紙業界大手の一角に名を連ねる大王製紙。一時は前会長・井川意高氏による巨額の借入金問題で倒産の危機に瀕すも、現社長・佐光正義氏の舵取りよろしきを得て躍進を続けている。一方、諏訪中央病院名誉院長の鎌田 實氏は、見事な手腕で長年赤字だった病院を黒字化した経験を持つ。旧知のお2人が語る、いかなる状況にあっても適切に処するための心構えと知恵とは。

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ブランド購入をバネに

佐光 鎌田先生と親しくお付き合いさせていただくようになって、もう5年近くになりますね。

鎌田 もともとのご縁は、佐光さんがまだ家庭紙事業の事業部長だった時に、米国のP&Gが日本で展開していた大人用紙おむつ「アテント」のブランドを買われたのがきっかけでしたね。

佐光 ええ、そうでした。平成19年に「アテント」事業を取得、継承する際、P&Gがサポートしていた「がんばらない介護」の活動も一緒にお引き受けしたいということで、会の代表を務める先生からもその旨ご了解いただいたのがご縁の始まりですね。

鎌田 かなり大きな買い物だったと思うけど、当時、会社の中で反対意見はありましたか?

佐光 ありました。
設備投資の額とは比べ物にならないくらいの多額で、ブランドを買うという考え方が、役員会でもなかなか理解してもらえませんでした。ブランドにそれだけのお金を掛ける価値が果たしてあるのか、と。

鎌田 それだけの買い物を任されて、佐光さんは怖くなかったの?

佐光 それは怖かったですよ。それに当時のオーナーが、買うと決めた以上は買って当たり前という方でしたからね。
一次入札、二次入札があって、最後はP&Gの方に、なぜ「アテント」が欲しいのかについてプレゼンテーションに行きましたけど、責任者として思いを伝えるのに必死でした。
もし買えなかったら、会社にはいられなくなるというくらいの覚悟はありましたから。

鎌田 結果的には、それだけのお金を出して買った価値があったわけでしょう。

佐光 生まれ出てベビー用おむつ、老境に入って大人用おむつといったように、人間の生き死にに関わる商品を扱う上で、「アテント」という強力なブランドが加わったことは大きかったですね。
しかも先生がずっと推進されてきた「がんばらない介護」の概念が事業に入ったことで、学ばせていただくこともたくさんあり、当社にとって本当に大きな財産になりました。

大王製紙社長

佐光正義

さこう・まさよし

昭和30年愛媛県生まれ。53年大王製紙入社。平成9年エリエールテクセル社長。その後、常務取締役、専務取締役、副社長を経て、23年社長に就任し現在に至る。

来る2025年問題

鎌田 少しだけ「がんばらない介護」について話をすると、僕は30年くらい前から「地域包括ケア」という言葉を使って、地域医療なるものをやってきました。施設などにお世話になるのではなく、在宅でサービスを受けたいと思うお年寄りの方たちに、病院を核にしながら多様なメニューをつくって提供するというのが、僕の戦略の一つでした。
というのも、僕は東京の国立大学を卒業後、長野県にある諏訪中央病院に勤め始めたわけですが、往診を続ける中で目の当たりにしていたのが介護地獄だったんですよ。例えば、お嫁さんが寝たきり老人の面倒を365日休む間もなく看る。それが5年、6年と続くわけで、しかもおむつを替えるために朝も早くに起きなければいけない。

佐光 介護保険制度がまだなかった時代のことですね。

鎌田 いまの介護保険制度に関してはまだ十分でないという批判もありますけど、昔と比べればものすごい進歩ですよ。
それに当時は一般家庭だけでなく、施設で働く介護の専門家たちも、繰り返しおむつを替えるという点では苦労が絶えなかった。このおむつという問題から簡単には離れられないけど、少しでも当事者の負担軽減になることを考えなければいけないと思って始めたのが、「がんばらない介護生活を考える会」でした。
P&Gにはいろいろとサポートしてもらいましたけど、そこは米国の大企業でしょう。何かと気苦労も多かったんだけど、大王製紙が買ってくれたおかげでコミュニケーションが取りやすくなって、情報発信もしやすくなりました。

佐光 そう言っていただけるとありがたいですね。

鎌田 僕らがいま最も伝えたいのは、新しい介護の発想で介護業界をドラスティックに変えていかなければ、近い将来、介護現場が大変なことになるということです。

佐光 2025年問題ですね。

鎌田 そう。このまま介護現場の厳しい環境を改善できずにいると、2025年には介護関係の人材不足が30万人に達し、43万人の介護難民が出るんじゃないかという問題です。日本政府も2015年から始めて2025年をゴールに「地域包括ケアシステム」をつくろうとしていますけど、それにはまず現場で働く方々の意識を変えていかなければいけません。
僕らとしても、例えば毎年11月11日の「介護の日」には、大きなホールで介護セミナーを開催して、丸一日かけてたっぷりと新しい介護の話をしていますが、これだって大王製紙の後押しがあってこそです。そもそも平成20年に「介護の日」が厚生労働省に認定されたのも、僕らがずっと提案していたことを大王製紙が一緒になって応援してくれたおかげですから、非常にありがたかった。

諏訪中央病院名誉院長

鎌田 實

かまた・みのる

昭和23年東京都生まれ。49年東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院にて、地域医療に携わる。63年同病院の院長に就任。医師の傍ら25年以上にわたり、チェルノブイリ、イラク、東日本大震災などの被災地支援に取り組む。最新刊に『遊行を生きる』(清流出版)がある。