2022年5月号
特集
挑戦と創造
  • 地下鉄博物館学芸課長玉川信子
地下鉄の父

早川徳次の挑戦者魂に学ぶ

人の和が創造を可能にする

大都市東京の地下に、蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下鉄。計13路線304キロ、1日に約690万人が利用するこの鉄道網を現実のものとしたのが、ある青年実業家の志だったことは知られてない。地下鉄の父・早川徳次。日本、また東洋初となった大事業を成し遂げたその「挑戦と創造」の歩みを、地下鉄博物館学芸課長の玉川信子氏に伺った。

この記事は約12分でお読みいただけます

地下鉄の父は一人の民間人

いまから97年前の1925(大正14)年9月27日、人だかりのできた東京・上野の路上に、鉄杭を打つ金属音が鳴り響きました。日本、そして東洋で初となる地下鉄の起工式でした。

式の最中、この日に至る苦労を思い返し、涙を流す男性がいました。彼こそ東京地下鉄道創立者、「地下鉄の父」早川徳次のりつぐです。

同名の人物として、シャープを創業し、大企業に育て上げた早川「とくじ」さんを思い起こす方も多いでしょう。二人共大変苦労した実業家ですが、「のりつぐ」さんの功績は残念ながらあまり知られていません。いまや13路線(東京メトロ九路線/都営地下鉄四路線)、郊外にも通じる304キロの〝地下鉄ネットワーク〟が、一人の青年のこころざしから生まれたとは誰も想像しないからだと思います。

恥ずかしながら私も、この地下鉄博物館に来るまで、その名前も知りませんでした。けれども資料を集め始めると、人間味にあふれ、周囲の人に愛された人だったことが分かり、どんどんせられていきました。

「地下鉄の父」早川徳次をもっと知っていただきたい。そんな思いも込め、生誕140周年を迎えた2021年より約3か月、当館で特別展を開催。彼の生涯を印象的な言葉と共に辿たどるパネルを並べ、ご親族の協力を得て初公開となる遺書や貴重な遺品も展示し、多くの反響をいただきました。ここからはそんな彼の残した言葉を交え、乾坤一擲けんこんいってきの歩みを辿ってみましょう。

地下鉄博物館学芸課長

玉川信子

たまがわ・のぶこ

昭和42年埼玉県生まれ。平成元年大学卒業後、地下鉄互助会(現・公益財団法人メトロ文化財団)入会。地下鉄博物館学芸員、データ収集室を経て、29年より現職。