2022年5月号
特集
挑戦と創造
  • WITH ALS代表理事武藤将胤
NO LIMIT,YOUR LIFE

人生に限界はない

難病ALSが教えてくれたこと

広告マンとして充実した日々を送っていた最中の2014年、27歳の時に難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された武藤将胤氏。しかし、武藤氏は突然降りかかった人生の逆境にも決して屈することなく、テクノロジーを駆使して様々な事業を展開し、飽くなき挑戦を続けてきた。武藤氏に人生の歩みを振り返っていただきながら、その挑戦の軌跡から伝えたいメッセージ、そして目指している世界を語っていただいた。

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有限な時間をどう生きるか

子供の頃から新しいことに挑戦するのが好きだった私は、「社会を明るくするアイデアを形に」というライフミッションを胸に、大学ではイベント団体などを立ち上げ、社会に出てからも広告会社で様々な挑戦に明け暮れていました。

毎日の挑戦、仕事が楽しくて仕方がない─―そんな充実した日々の中、体に異変を感じたのは2013年、26歳の時でした。利き腕の左手がしびれて文字が書きづらくなり、グラスを持つ手もふるえるようになったのです。当初は仕事の疲れだろうと軽く考えていたのですが、念のため東京都内の病院に検査入院。しかし、はっきりした診断はつきませんでした。

その後、右手も震え出すなど症状はだんだん重くなり、さすがに心配になった私は、2014年に別の病院でセカンドオピニオンを受けました。そうして診断されたのが筋萎縮性側索硬化症きんいしゅくせいそくさくこうかしょうALSエイエルエス)でした。ALSは、意識や知能の働きは正常なまま筋力だけが衰えていき、最後にはすべての筋肉が完全に動かなくなるという、現段階では治療法のない難病です。

診断を受けた時、「自分の人生はこれで終わりなのか?」と頭が真っ白になりました。ただ、同時に残された時間、〝有限な時間〟を突きつけられた気がしました。

有限な時間をどう生きるか。答えは、診断を受けた日の帰りの新幹線の中で人生の原点回帰をすることで見出しました。それが「社会を明るくするアイデアを形に」というライフミッションでした。ALSや様々な障がいと闘っている「仲間」の未来を明るくするアイデアを形に─それが自分の使命ではないかと思い至ったのです。

難病になったからといってくよくよしているだけでは絶対に後悔する、それよりも現実を受け止めて行動する時間に費やそうと、必死にマインドを切り替えたことを今でも覚えています。

WITH ALS代表理事

武藤将胤

むとう・まさたね

昭和61年アメリカ・ロサンゼルス生まれ、東京育ち。大学卒業後、博報堂/博報堂DYメディアパートナーズで、様々なクライアントのコミュニケーション・マーケティングプラン立案や新規事業開発に従事。平成25年に難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症。一般社団法人WITH ALSを立ち上げる。現在は、クリエイティブの力で、「ALSの課題解決を起点に、全ての人が自分らしく挑戦できるBORDERLESSな社会を創造する。」ことをミッションに、エンターテインメント、テクノロジー、介護の3領域で課題解決に取り組んでいる。