2022年1月号
特集
人生、一誠に帰す
対談
  • 拓殖大学顧問(左)渡辺利夫
  • ジャーナリスト(右)井上和彦

日本の先人たちは、
なぜ世界の人々から
尊敬されたのか

欧米列強の圧力を跳ね返し、アジアで唯一近代化を成し遂げ、世界の一流国になった日本——。特にアジア諸国では、欧米の植民地支配を打ち破った日本の先人たちの偉業と精神がいまなお語り継がれている。アジア研究、日台の交流活動に長年携わってきた拓殖大学顧問の渡辺利夫氏と、ジャーナリストとしてアジアの人々の声に耳を傾けてきた井上和彦氏に、忘れ去られてしまった日本史の真実、失われつつある日本人の精神、そして先人が教える日本の生き筋を縦横に語り合っていただいた。

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偏向報道の誤りを正す

井上 尊敬する渡辺先生と対談の機会をいただき、大変光栄です。
私がアジアに目覚めたきっかけは台湾でした。もともとは世界の安全保障情勢や歴史に関心があって、ヨーロッパを中心に世界を回っていたんです。ところが、ある雑誌に世界紀行を連載していた時、台湾の話を書くことになり、編集長から評論家として活躍する金美齢きんびれいさんを紹介していただきました。
最初に会った時、金さんからは、「これを読み終わったら連絡をちょうだい」と、司馬遼太郎さんの『街道をゆく』シリーズ第40巻の『台湾紀行』を紹介されました。その後、読み終わって連絡を入れたところ、司馬さんが台湾を訪問した際に案内役を務められた実業家の故・蔡焜燦さいこんさんさんを紹介していただいたんです。
そうして実際に台湾に行って取材をしたのですが、台湾を通して日本を知るといいますか、蔡焜燦さんをはじめ台湾の方々に、学校の授業では習わない日本の歴史を教えられ、「日本の近現代史はこんなにも素晴らしかったのか!」と感動しました。その中で、蔡焜燦さんから「いまも台湾に思いを寄せてくださる方々が日本にもいるんだよ」と、渡辺先生のことをお聞きしたんです。
それ以来、渡辺先生が書かれた近現代史や台湾に関する書物を読むようになって、「こういう素晴らしい先生がおいでになるんだ」と感動し、尊敬しておりました。

渡辺 井上さんと親しくお話しするのは今回が初めてですが、ご活躍は遠目からいつも見ておりました。また、同じ『産経新聞』の「正論」欄の執筆陣ですから、著書や論説もよく読んでいます。
特に強い印象を持っているのは、2009年、「NHKスペシャルJAPANデビュー」という日本統治時代の台湾に関する番組が放送された時のことです。
普段あまりテレビを見ないのですが、この時は偶然見ていましてね、「日本の台湾統治を悪く描いている。事実を歪曲わいきょくしたひどい偏向番組だ」と直感しました。親台湾派の人々から抗議の声が巻き起こったのは当然ですが、井上さんはただちに台湾に飛び、番組に登場する現地の人たちに取材、NHKの番組が捏造ねつぞうであることを突き止め、これを公にされた。私はそのジャーナリストとしての迅速かつ勇気ある行動に強い感銘を受けました。

井上 ありがとうございます。台湾の番組が放映された後、すぐに現地に飛びましたら、本当に「天の時、地の利、人の和」ではないですが、ちょうど行く先々にNHKが取材したお年寄りの方々がいらっしゃったんですよ。
それで番組の放送内容を伝えて、取材をしていくと、皆さんが「あ、これは自分たちの意図とは違うぞ」ということになって、当時のNHKの取材の実態をお話しくださったんです。日本のメディアの問題、偏向報道についてはいろいろ言われていますが、この時に初めて自分の体験として知ることができて、「ああ、こんな酷いことをやるんだ」と衝撃を受けました。

渡辺 この番組については後に裁判にまでなりましたけど、私はそれ以上のインパクトがあったと思っています。というのは、あの番組以降、台湾の内情が日本の国内で広く知られるようになり、日本人の台湾への向き合い方、台湾報道のあり方がかなり変わっていったからです。台湾は自国の一部だと主張する中国への過剰な配慮、冷ややかな台湾報道は少なくなり、またその後に起こった東日本大震災では、台湾から多額の義援金が寄せられ、特に若い人を中心に「台湾は温かい国だな」「心と心が通じ合う国なんだな」という認識が広がっていきました。
そういう意味も含め、NHKの捏造を世間に明らかにした井上さんの功績は大きかったと思います。

拓殖大学顧問

渡辺利夫

わたなべ・としお

昭和14年山梨県生まれ。慶應義塾大学卒業後、同大学院博士課程修了。経済学博士。筑波大学教授、東京工業大学教授、拓殖大学長、第18代総長などを経て現職。外務省国際協力有識者会議議長、アジア政経学会理事長なども歴任。JICA国際協力功労賞、外務大臣表彰、第27回正論大賞など。瑞宝中綬章。著書に『アジアを救った近代日本史講義』(PHP新書)『士魂―福澤諭吉の真実』(海竜社)『台湾を築いた明治の日本人』(産経NF文庫)『後藤新平の台湾』(中公選書)など多数。

アジアには日本以上に日本的なものがある

井上 渡辺先生にそう言っていただけると、本当に嬉しい限りです。私もあの番組をきっかけに改めて台湾のことを知り、またそのことで日本をより深く知ることができて、貴重な財産になりました。
もう紹介しきれないくらい、台湾では本当に多くのことを学ばせていただいてきました。学校で習った「植民地」という言葉を現地でそのまま使って、「台湾は植民地ではない。日本の内地の延長だ」と怒られたこともありますし、ある会話の中で明石あかし元二郎もとじろう第7代台湾総督に話が及んだ時、私が「明石元二郎」と言ったら、「閣下とつけなさい」とたしなめられたこともありました。そう指摘したのは先住民のタイヤル族の女性のおさでしたが、水力発電事業や均等な教育制度に尽力した明石総督の偉業がいまなお語り継がれているわけですね。果たしていまの日本人が先人たちにここまでの尊敬の念を持っているか……。

渡辺 私も中国と常に緊張関係にある台湾の友人たちとのつき合いを通じて、「台湾認同」、つまり台湾アイデンティティーというものがどういうものなのか、本当によく分かるようになりました。台湾を通じて日本を知ったという井上さんのお話は非常によく共感できます。
これから詳しくお話ししていくテーマではありますが、つまり台湾には日本よりも日本的なものがある、台湾理解を通じて日本を再認識しようじゃないかということです。日本から日本的なるものが失われてもう75年以上も経ってしまいましたよね。

ジャーナリスト

井上和彦

いのうえ・かずひこ

昭和38年滋賀県生まれ。法政大学社会学部卒業。専門は軍事・安全保障・外交問題・近現代史。テレビ番組のコメンテーターなどを務めるほか、書籍やオピニオン誌の執筆を行う。著書に『日本が感謝された日英同盟』『日本が戦ってくれて感謝しています(1・2)』(共に産経新聞出版)『親日を巡る旅』(小学館)など多数。