2021年12月号
特集
死中活あり
  • 多摩大学大学院名誉教授田坂広志

いまを生きよ
いまを生き切れ

世界はいま、コロナ危機という死中にある。出口の見出し難いこの長いトンネルを、私たちはいかに歩んでいけばよいのだろうか。豊富な経営経験にもとづき、より良い人生や仕事を全うするための心の技法を唱道する田坂広志氏に、若き日の大病の体験を交え、この死中に活を見出すために求められる覚悟についてお話しいただいた。

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絶望の底で得た気づき生死の境で掴んだ覚悟

「死中活あり」という今回の特集のテーマを踏まえて、最初に、私が生死の境において、死中に活を見出した体験を述べましょう。

いまから38年前、32歳のとき、私は重い病をわずらい、医者から「もう長くは生きられない」との宣告を受けました。

医者から見放され、自分の命が刻々失われていく恐怖と絶望の日々、両親は私に、ある禅寺に行くことを勧めました。わらをもつかむ思いで、その寺に行きましたが、そこには何かの不思議な治療法があるのではとの期待は、すぐに打ち砕かれました。寺を訪れると農具を渡され、ただひたすら畑仕事で献労けんろうをすることが求められたのです。

明日の命も知れぬ自分が、なぜこんな農作業をやらなければならないのか。そう思いながらくわを振り下ろしていると、不意に横から「どんどん良くなる! どんどん良くなる!」と叫ぶ声が聞こえてきました。見ると一人の男性が懸命に鍬を振り下ろしている。しかし、その足は大きくれ上がり、ひと目で腎臓を患っていることが分かりました。休憩時間に声を掛けると、その男性は言いました。

「もう10年、病院を出たり入ったりですわ。一向に良くならんのです。このままじゃ家族が駄目になる。自分で治すしかないんです!」

その覚悟の言葉が胸に突き刺さってきました。そして、その瞬間、一つの思いがき上がってきました。「そうだ、自分で治すしかないんだ!」。それまで自分は、医者が治してくれないか、この寺が何とかしてくれないかと、常に他者頼みであり、自分の中に眠る無限の生命力を信じていませんでした。それが最初の気づきでした。

それから数日後、山の中腹の畑を耕しに行くことになりました。当番になった私が仲間に農具を配り終え、先に出発した仲間を追って山道を登り始めると、思わず言葉を失う光景を目にしました。

それは、足を患っている献労仲間の老女が、鍬をつえにして、山道を必死に登っていく姿でした。

農作業はおろか、歩くことすら困難なのに、不自由な足で、鍬にすがりながら、山道を登っている。

しかし、その後姿から、その老女の覚悟の声が聞こえてきました。

「たとえ畑に辿たどり着けなくとも良い! 私は全身全霊、この命を振り絞って登り続けます!」

私は思わず心の中で手を合わせ、「がとうございます。大切なことを教えて頂きました」と念じながら、横を通り過ぎていきました。

多摩大学大学院名誉教授、田坂塾塾長

田坂広志

たさか・ひろし

昭和26年生まれ。56年東京大学大学院修了。工学博士。民間企業、米国シンクタンクを経て、平成2年日本総合研究所設立に参画。12年多摩大学大学院教授に就任。23年内閣官房参与に就任。25年全国から7,000名の経営者が集う田坂塾を開塾。著書90冊余、近著に『すべては導かれている』(小学館)『運気を磨く』『運気を引き寄せるリーダー 七つの心得』『人間を磨く』(いずれも光文社新書)など。