2017年11月号
特集
一剣を持して起つ
インタビュー③
  • パティシエ エス コヤマ オーナーシェフ小山 進

日本人パティシエ
その世界一への道

毎日、看板商品のロールケーキを買い求める人たちが絶えることのない洋菓子店が兵庫県三田市の住宅街にある。パティシエ エス コヤマ。オーナーシェフの小山 進氏は14年前、交通の便がよいとはいえないこの丘陵地に店を構えて大ヒットさせたばかりでなく、ショコラの世界的コンクールで6年連続最高賞を獲得した。まさに一流の菓子職人だ。その仕事の原点はどこにあるのか。

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仕事の原点に子供時代の体験

——小山さんの「パティシエ エス コヤマ」に伺いましたが、広い敷地にお洒落な専門店が並ぶ様子は、まるでお菓子のテーマパークのようですね。

1,500坪の敷地には現在、ショコラトリー、コンフィチュール(ジャム)、マカロン、カフェなどの7つの店舗があるんですが、11月の創業記念日には8番目のコンセプトとなるデコレーション&アニバーサリーケーキ専門店を開業する予定です。
これは地元の皆様にデコレーションケーキを最上級の表現でお届けしたいという思いからオープンさせるもので、お客様のイメージを伺いながら「こんなケーキは見たことがない」という感動をご提供したいと思っているんです。

——お客様のニーズを受けてコンセプトも増えていったのですか。

というよりも、僕自身がすぐに自分の店の弱点を見つけてしまうんです。この場所に最初の店を開いたのは2003年なのですが、1週間もしないうちに「弱点だらけの店をつくった」と後悔してしまう。このままじゃお客様に飽きられるという心配もあって、先回りしながら将来必要なアイテムを想像し、それを形にしていく中でこれだけの店舗になったという感覚ですね。
それに、僕は常に仕事の基軸をビジネスではなく物づくりに置いていて、その原点にあるのは子供の頃の体験なんです。

——子供の頃の体験?

僕は京都の五条で育ったのですが、抑制された路地裏の四角い空間の中でいかに楽しく遊ぶかをいつも考えて、伝承的な昔の遊びをアレンジしたりいろいろな工夫をしました。夏休みになると兵庫県の山奥にある母親の実家に行って大自然の中でクワガタ捕りや魚釣りに興じて、まるで吸い取り紙のように大自然からのエネルギーを吸収していきました。
そんな僕の話に家族や近所のおじちゃん、おばちゃんたちが熱心に耳を傾けてくれて、時に叱ったり褒めたりしてくれた。自分の喜びや発見、感動を伝えたいというこの時の経験が、表現し創造することを諦めない人間に僕を育ててくれたと思っています。だから、あくまでも創作者なんです。

——ビジネスマンではなく創作者というスタンスがユニークですね。

この土地を店舗に選んだのも結局はそういうことですよ。ここは最寄りのJR新三田駅からバスで15分ほどかかる丘陵地で、しかも住宅街に隣接する商業地です。だけど僕は車で何度も行き来する中で、遠くに山々が望め、美しい川が流れるこの土地がとても気に入りました。子供の頃、大自然と触れあってワクワクした記憶が蘇って、僕が目指す物づくりの場所はここしかないと思いました。
で、立地診断会社に審査してもらったら「1日の来店客8人、売り上げ8,000円、経営者としての資質なし」と(笑)。でも、僕は全然駄目だと言われるのを期待して調査を頼んだんです。僕がこれから何をしようとするのか、僕がどんな声で、どんな熱さで話す人間なのか分からないのに、診断などできるわけがない。人の多い立地が成功するというビジネスの概念が通用しない店を自分がつくるんだと固く決意したんです。

——常識を打ち砕いてやろうと。

おそらく、僕は子供の頃からリサーチとかマーケティングとか、そういうものにはあまり縁のない男なのでしょうね。
僕にクワガタ捕りを教えてくれたのは名人の母でした。一緒に行こうと誘っても「きょうはクワガタおらへんで」と言うんです。僕は最初、面倒くさいからそう言っているのだろうくらいに思っていました。でも行ってみたら本当に捕れない。反対に「行こうか」と言われた日はわんさか捕れる。これは一体何なのかと。
そのうちに気温、湿度、風の強さなどいろいろな条件が関係していると分かってきましたが、虫がいつどういうところに集まるのか、虫の気持ちになれば分かるということを母は言葉ではなく行動で教えてくれたんですね。僕のマーケティングやリサーチはそれと同じです。子供時代の生活の中でその感覚を勝手に学んだんです。

パティシエ エス コヤマ オーナーシェフ

小山 進

こやま・すすむ

昭和39年京都府生まれ。大阪あべの辻調理師専門学校卒業後、菓子製造スイス菓子ハイジに入社。平成12年独立。15年パティシエ エス コヤマを設立。「小山ロール」を大ヒットさせる。フランスで最も権威のあるショコラ愛好会「クラブ・デ・クロクール・ド・ショコラ」のコンクールでは23年以来、計6回の最高位を獲得。著書に『「心配性」だから世界一になれた』(祥伝社)など。