現在のような社会保障制度が存在しなかった明治の変革期、行き場を失った孤児たちを生涯に3,000人も救済した石井十次。根強い偏見や資金難を乗り越え、かつてない救済事業を実現できた力の源泉は何か。十次の曽孫である石井記念友愛社の児嶋草次郎理事長に、歴史に埋もれた先人の足跡と、その伝承に懸ける思いを明かしていただいた(写真:明治39〈1906〉年、東北の冷害で行き場を失った孤児を救済し、1,200名を収容した「岡山孤児院」)。
この記事は約12分でお読みいただけます
石井記念友愛社理事長
児嶋草次郎
こじま・そうじろう
昭和24(1949)年宮崎県生まれ。石井十次の孫・虓一郎の次男。48年明治学院大学卒業後、社会福祉法人石井記念友愛園で児童指導員となる。同園長を経て、平成3(1991)年より社会福祉法人石井記念友愛社(宮崎県)理事長。
石井十次
いしい・じゅうじ
慶応元(1865)年日向国高鍋藩(現在の宮崎県)に生まれる。明治2(1869)年6歳で藩校・明倫堂に学ぶ。15年岡山県甲種医学校へ入学し、キリスト教受洗。20年孤児教育会(岡山孤児院)設立。27年日向国茶臼原の開拓に着手。39年東北大凶作による孤児救済に乗り出し、収容児は1,200名に上る。大正3(1914)年腎臓病悪化のため逝去。