2024年3月号
特集
丹田常充実
インタビュー③
  • スタミナ苑豊島雅信

「なにくそ、
負けてたまるか」
その精神が
僕の魂に火をつけた

連日長い行列ができることで知られる焼き肉店が東京の下町にある。一見、どこにでもある店のつくりだが、国内だけでなく海外からも名だたる人たちが足を運ぶ。スタミナ苑を日本一の名店に育て上げた豊島雅信氏はどのような哲学の持ち主なのか。その波瀾万丈の人生を交えてお話をお聞きした。

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一所懸命の一歩先に進めるか

──先日、スタミナ苑の料理が食べたいと思い、2時間並んでようやく店に入ることができました。味も絶品でしたが、それにしても大変な人気ですね。

2時間は早いほう。長い人は3時間、4時間、普通に並んでいるからね。店がある足立区鹿しかはまはJRも地下鉄も通っていないへんな場所なんだけど、都内はもちろん地方、海外からもわざわざ足を運んでくださるんです。この間もNHKのテレビを見たと言ってハワイやニューヨーク、ドイツのドレスデンからわざわざ食べに来た人がいたよ。

──「総理大臣も並ぶ店」としてメディアでも評判ですね。

おいらのポリシーとして総理大臣だろうが有名芸能人だろうが人気作家だろうが一切予約は受けつけない。あの小渕恵三さんも現役の総理の頃、並んで待っていた。食っている最中に「小渕さんですよね」としょっちゅう話しかけられていて「似てるでしょ。よく間違われるんだよね」と笑ってごまかしていたんだけど、レジの近くではSPが立ちっ放し(笑)。
安倍晋三さんも最初は奥さんと来て、あんまり行列ができていたのでその時は帰っちゃった。後で作家の林真理子さんと一緒にやってきたかな。

──そこまで行列ができる人気の理由を、どう感じられていますか。

それは並んでいる人に聞いてみたら分かるんじゃない?(笑)。手前味噌だけどさ、僕が丹精を込めて仕込んだホルモンは誰にも負けない自信がある。いまは誰だって当たり前のようにレバーを口にできるでしょ? でも、この仕事を始めた50年前はホルモンはまだ市民権を得ていなかった。僕は世の中にこんなにもうまいものがあるということを広めたいと思って「内臓を制する者が焼き肉業界を制する」と意気込んで努力してきたから、その意味じゃスタミナ苑も僕も少しは社会に貢献できたんじゃないかな。

──内臓を制する者が焼き肉業界を制する。

試行錯誤だったけど、65のこの年になってやっと究極のホルモンの味つけができてきたという実感がある。うちで働いて20年以上になる従業員に味つけをさせたって、どうしてもできないもの。同じ塩と同じホルモンを使うんだよ。それでも僕と同じ味には決してならない。

──豊島さんならではのこだわりがそこにはある、と。

僕自身は特にこだわりを意識していないけれども、大切なのは一所懸命やることじゃないの。人間、誰だって一所懸命やっていると言うんだよ。「僕、手を抜いていました」なんて言う人は一人もいない。だけど、一所懸命のその先に一歩進めるか、進めないか。要するに人が1日に10時間働くとしたら30分余計に働けるかどうかなんだ。1週間、1か月、1年の差でどれだけのことを覚えられる? それも他人のためではない、自分のためなんだから。包丁でものを切ることにしたって、いっぱい切っている人にはかなわないって。
僕は休業日も仕込みのために店に来ています。だって、手を抜いて一番困るのは僕なんだから。そして開店日は昼過ぎから朝の5時まで18時間、ぶっ続けで店に立ちっ放しだ。それでいまではスープの沸騰ふっとうする音を聞いただけで、出来具合が分かる。調理場にいながら電話で話し、お客さんの声も聞こえる。従業員に指示もできる。プロはそれが当たり前にならなきゃ駄目なんですよ。

スタミナ苑

豊島雅信

とよしま・まさのぶ

昭和33年東京都生まれ。兄が母親と始めた焼き肉店「スタミナ苑」に15歳から加わり、以来、ホルモンひと筋50年を歩み、スタミナ苑を行列の途切れない名店に育て上げる。平成11年にはアメリカ生まれのグルメガイド『ザガット・サーベイ』日本版で総合1位を獲得。平成30年には『食べログアワード 2018』ゴールド受賞。著書に『行列日本一 スタミナ苑の繁盛哲学』(ワニブックス)。