2023年11月号
特集
幸福の条件
インタビュー
  • インド仏教最高指導者佐々井秀嶺

学問せよ
団結せよ
闘争せよ

ヒンドゥー教のカースト制度によって数千年にわたり差別され続けてきた不可触民を、万民平等を説く仏教に改宗させ、貧困と苦しみから救済し続けてきた日本人がいる。インド仏教最高指導者・佐々井秀嶺上人、88歳である。コロナ禍が明け、4年ぶりに日本に一時帰国した佐々井上人に、苦悩に満ちた壮絶な半生と命を懸けて取り組んできたインド仏教復興運動の歩みを交え、幸福な人生、社会を実現していく要諦を伺った。

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日本は国の土台が揺らいでいる

——佐々井上人はインド仏教最高指導者として、ヒンドゥー教のカースト制度に苦しむインドの貧しい人々の救済、仏教復興運動に50年以上にわたり力を尽くしてこられました。今回の日本への帰国は、新型コロナウイルスの影響もあり、4年ぶりだそうですね。

留学していたタイからインドへ渡ったのが1967年、32歳の時です。その後、現地に骨を埋める覚悟でインド仏教復興運動に取り組み、(タイにいた2年間を含めて)44年ぶりに帰国したのが2009年でした。その時、私が一番に思ったことは、「日本には人間がいない」ということです。今回の帰国でも、またさらに人間が減ったなと感じます。

——人間がいない……それは具体的にどういうことでしょうか。

一つには物理的な数ですね。都心から地方まで全国を歩いて回りましたが、東京でも人が少なくなったように感じますし、特に地方に人がいない。私の故郷は岡山県新見にいみ市ですが、駅前でも人通りが少なくて驚きました。人口が減るというのは、日本の将来にとって非常に大きな問題です。

——おっしゃる通りですね。

もう一つは、日本人の心が次第に利己的に、空っぽになっているということです。日本人らしい日本人はどこに行ったのかと。確かにいまの日本は表面的には平和であり、食道楽というか、食べ物はいっぱいあって何の不安もないように見えます。しかし肉眼ではなく法眼ほうげんで見れば、人々に心の豊かさやなごやかさといったものが見当たらない。そしてそのことに日本人自身が気づいていない。

——ああ、日本人自身が気づいていない。それが日本の一番の危機なのかもしれませんね。

実際、日本で人生相談をやりましたら、何度も自殺未遂をしたという人が10数人いました。日本では自殺する人が多い、子供まで自殺している。子供が自殺するなんていったいこの国はどうなってしまったんだと思います。
また、これは先ほどの人口の問題にも通じますが、特に都心での人生相談では、ほとんどの人が結婚していないんですよ。給料が低くて子供を食べさせていけないとか、自分には何もできないとか、自信のないことばかり言っている。私たちの時代は決して豊かではなかったけれども、5人、10人きょうだいが当たり前で、もうこれ以上、子供を産むのは止めてくれというくらいでした。結婚してみないと、子供を産み育ててみないと分からないものがあるんです。
ですから、日本という国、日本人の土台そのものがふらついているように思えてなりません。いつもは、日本を離れるのが名残惜しいのですが、今回はそれよりも日本の現状に対して寂しいという気持ちのほうが強くありますね。

——佐々井上人がインドという日本から遠く離れた地で生活しているからこそ、日本の問題がよく見えるということもありますか。

ええ。日本とは反対に、インドではますます人口が増えていて、若者たちがオートバイやらスクーターやらに乗って、暴走族の如くエネルギッシュに動き回っています。これは一見、無軌道のように見えるけれども、インドのエネルギー、国力が盛り上がっている証拠であろうと思うんですよ。さらに、女性の地位も近年、ダーッと向上しておりましてね、政治や経済活動もそうですが、各地の寺院に行くと、どこでも女性がお勤めや運営に一所懸命に取り組んでいます。インドはこれからどんどん発展していくでしょうね。

インド仏教最高指導者

佐々井秀嶺

ささい・しゅうれい

昭和10年岡山県生まれ。青年期から人生に苦悩し、全国を放浪する。35年高尾山薬王院で得度。40年薬王院留学僧としてタイに渡り、インドの日本妙法寺で修行に励む。以後、現在に至るまでインドのナグプールを活動の中心に、布教活動や仏教遺跡の発掘、ブッダガヤ大菩提寺奪還運動などに取り組む。平成15年インドの仏教徒代表として中央政府少数者委員会に就任(3年間)。18年アンべートカル博士改宗50周年記念式典(黄金祭)の大導師。22年ナグプール郊外に龍樹菩薩大寺を建立。26年その活動を支援する「南天会」が発足。