2023年11月号
特集
幸福の条件
対談
  • 帯津三敬病院名誉院長帯津良一
  • めぐみ在宅クリニック院長小澤竹俊

幸福な
生き方と死に方

日本におけるホリスティック医学の第一人者であり、87歳の現在も医療現場に立ち続ける帯津三敬病院名誉院長・帯津良一氏。ホスピス医としてこれまで約4,000名の患者を看取る一方、病に拘らず支援を必要とする人々の担い手の育成に尽力するめぐみ在宅クリニック院長・小澤竹俊氏。長年、人間の生と死を見つめ続けてきた医師お二人は人生の幸福についてどのように考えられるのだろうか。

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87歳、いまも旺盛なエネルギー

小澤 医師として大先輩である帯津先生との対談ということで、とても緊張しています。

帯津 何をおっしゃいますか。緩和ケア医として日々患者さんに向き合う小澤先生にお会いできるのが楽しみでした。きょうはよろしくお願いします。

小澤 お聞きするところでは、帯津先生は昭和11年生まれの87歳。現役の医師としていまも医療現場に立ち続けていらっしゃるそうですね。

帯津 はい。いまは週のうち月火金の3日は川越(埼玉県)の帯津さんけい病院で、水木は池袋にあるクリニックで働いています。土日はコロナ前だと大体、講演が入っていたのですが、コロナがまんえんしてからは講演の予定がなくなったものですから、病院で雑誌の連載原稿などを書いて過ごしていました。まぁ、ここにきてぼちぼち講演も入ってきましたけどね。そんな感じで年中何かに追われているような生活です(笑)。

小澤 コロナで講演の予定がなくても土日は決して休まれることがなかったのですね。そこにも年齢を感じさせないエネルギーを感じるのですが、先生を突き動かすそのエネルギーがどういうものなのかを、きょうはじっくりお聞きできたらと思っています。

帯津 いや、私は晩酌をやらない日がないくらい酒が生き甲斐がいなんですよ。晩酌をやる以上は働いたほうがおいしくいただけるわけだから、酒のためにもなまけずに仕事を求めて歩いているようなものです(笑)。
小澤先生は緩和ケア医として、いまどのようなことに力を入れられていますか。

小澤 私は横浜市を拠点に診療活動を続けているのですが、いま一番のテーマは自分の手の届かないところで緩和ケアを必要とする人のために何ができるかということなんです。私は長年ホスピス、看取りの現場にいて、解決のできない苦しみを抱えた人たちがどうしたら穏やかな顔で過ごせるかをいつも考え続けてきました。
しかし、それは命が限られた人たちだけではありません。自分が誰からも必要とされていないと悩む人たちが子供からお年寄りまでとても多い。看取りの場で培ったマインドを生かして、そういう人たちに関われる担い手が一人でも増えたら、というのがいまの私の思いなんです。
マッチ一本の火は誰にでも消すことができます。しかし、それが部屋中に燃え広がると、いくらバケツの水をかけても消せない。人間の苦しみも一緒なんですね。小さな苦しみに誰かが気づき、声を掛け、担い手になってくれたら地域や社会はもっと変わるはずです。

帯津三敬病院名誉院長

帯津良一

おびつ・りょういち

昭和11年埼玉県生まれ。東京大学医学部卒業後、同医学部第三外科、都立駒込病院勤務を経て57年埼玉県川越市に帯津三敬病院を設立(平成13年より現職)。日本ホリスティック医学協会名誉会長、日本ホメオパシー医学会理事長。『帯津三敬病院「がん治療」最前線』(佼成出版社)『不良養生訓』『80歳からの最高に幸せな生き方』(共に青萠堂)など著書多数。

支えを必要とする人をサポートする人材を育成

小澤 そのことを願いながらこれまで全国の学校で「いのちの授業」を続けてきましたが、それに加えて2015年、「エンドオブライフ・ケア協会」を立ち上げて、介護に関わるご家族をはじめ、様々な支えを必要とする人たちをサポートする人材の育成に力を入れています。

帯津 それは素晴らしい取り組みですね。

小澤 協会の取り組みの一つとして、看取りのコミュニケーション技法を全国に広げることが挙げられます。そのための研修をこれまで160回以上行い、約8,000人が受講されました。約半数は医療関係者で、他にも介護に関わるご家族、学生さん、地域で活動される方など様々ですね。
研修では「なぜ、私、こんな病気になったの?」「幼い子供を残して、どうして死ななきゃならないの?」。そんなセリフを患者役の人に語ってもらい、そこに聴き手として関わることで7分後には、相手が穏やかになれる。そんなロールプレイングも取り入れています。模擬試験に合格した認定講師は約190人いて、最年少は小学5年生です。認定講師の皆さんが私の手の届かないところで、困っている誰かのためにいまも一所懸命、活動してくれているんです。

帯津 私も長年、がんの患者さんに寄り添いながら多くの人を看取ってきましたが、病院での仕事が増え、また年齢を重ねる中で、緩和ケアを若い医師に任せることも多くなりました。小澤先生の素晴らしさはどこまでも現場で緩和ケアに徹しながら、そのマインドを広く社会に広げようとされていることです。意識の高い方が多く研修に集まってこられることも驚きました。

小澤 特別に広報活動をしているわけではありませんが、ホームページでご覧になったり、口コミであったり、また実際に介護の現場にいてどうしていいか分からないという悩みを抱えた人が多く集まってこられますね。
実際、医療関係者でもそういうことを学ぶ機会が少ないのが現実なんです。病と闘える間は応援してくれる人がいっぱいいます。しかし、現実には一般的な治療が難しくなった段階で、多くの医師は足が遠のいていってしまう。
私が帯津先生を拝見していてすごいと思うのは、もともとは食道がんの外科医でありながら、西洋医学だけでは足りないプラスアルファ、何か患者さんの力になれることはないかという思いから中国医学、ホリスティック医学に積極的に取り組まれてきたことです。そうやってどこまでも終末期の患者さんに寄り添われている姿に心から敬服しています。

めぐみ在宅クリニック院長

小澤竹俊

おざわ・たけとし

昭和38年東京都生まれ。62年東京慈恵会医科大学医学部卒業。平成3年山形大学大学院医学研究科医学専攻博士課程修了。救命救急センター、農村医療に従事した後、6年より横浜甦生病院内科・ホスピス勤務。ホスピス病棟長を経て18年めぐみ在宅クリニックを開院。27年有志と共にエンドオブライフ・ケア協会設立。著書に『あなたの強さは、あなたの弱さから生まれる』『もしあと一年で人生が終わるとしたら?』(共にアスコム)など多数。