2026年8月号
特集
時務を識る者は
俊傑に在り
対談
  • 100年プランニング代表田村 潤
  • 商工組合中央金庫社長関根正裕

企業の盛衰せいすい
リーダーにあり

最下位クラスだったキリンビールの高知支店を短期間で常勝チームへと変革し、アサヒビールからシェア1位を奪還、現在はその経験をもとに様々な企業のアドバイザーとして活躍する100年プランニング代表の田村潤氏。第一勧業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)や西武グループの経営再建に力を尽くし、いま商工組合中央金庫の改革に奮闘する関根正裕氏。お2人が語り合う組織と人財を甦らせる要諦、変化の時代に求められるリーダーの条件とは——。

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    100年プランニング代表

    田村 潤

    たむら・じゅん

    昭和25年東京都生まれ。48年成城大学経済学部卒業後、キリンビール入社。平成7年高知支店長に赴任した後、四国地区本部長、東海地区本部長を経て、19年代表取締役副社長兼営業本部長に就任。21年キリンビールの全国シェア首位奪回を実現。23年100年プランニング設立。著書に『キリンビール高知支店の奇跡』(講談社+α新書)『人生に奇跡を起こす営業のやり方』(PHP新書/田口佳史氏との共著)など多数。

    商工組合中央金庫社長

    関根正裕

    せきね・まさひろ

    昭和32年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、第一勧業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)に入行。総会屋利益供与事件後の立て直しや行内改革に携わり、「危機管理のプロ」と呼ばれる。その後、西武ホールディングスにて上場準備室長や取締役総合企画本部長などを歴任、プリンスホテル取締役常務執行役員を務める。平成30年より当時政府系金融機関だった商工組合中央金庫で再建を手掛け、令和7年に民営化を実現。

    お客様のお役に立つその原点をぶれずに貫く

    関根 田村さん、ご無沙汰しております。きょうはお会いできることをとても楽しみにしていました。

    田村 こちらこそ、よろしくお願いします。最近もいろいろな新聞や雑誌で関根社長の記事を読み、ご活躍を嬉しく思っていました。
    私たちの最初の出逢いはいまから7年ほど前、関根社長から講演依頼をいただいたことがきっかけでしたね。当時は、関根社長が不祥事に揺れる商工組合中央金庫(以下・商工中金)の改革に入った直後でしたけれども、政府系金融機関という難しい組織のかじ取りを自ら決断して引き受けられたその勇気に心から感服しました。
    そして商工中金の使命は何かを徹底的に考え抜き、また一番頼りになるのは社員の真面目さなんだとおっしゃって、実際それを武器に使命を追求され、今日まで大変な実績を上げてこられた。本当に素晴らしいことだと思います。

    関根 私が西武グループから商工中金に入ったのは2018年の2月でしたけれども、何か改革のヒントはないかと様々な本を読んでいく中で、田村さんの『キリンビール高知支店の奇跡』を手に取ったんです。それでノルマや数値目標ではなく、「お客様のお役に立つ」ということを原点、出発点にして社員のモチベーションを引き出し、全国最下位クラスだったキリンビールの高知支店を復活させ、さらにそれを全社にまで広げていった田村さんの取り組みに大きな感銘を受けましてね。これはぜひ講演していただきたいと。
    というのも、田村さんの実践は、私が第一勧業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)時代や西武グループの経営再建に携わった時に考え、実行していたこととほとんど同じだったからです。
    案の定、2019年4月に営業店長会議で田村さんに講演していただいたところ、営業店長たちの心に突き刺さり、それから次長研修や各営業店のお客様の会などにも講演の輪が広がっていきました。ですから、田村さんには本当にお世話になってきましたし、当社にとってはとても大事な人ですよ。

    田村 そもそも企業は何のために存在するのか、どうすればお客様のお役に立てるのか、その理念や原点を常に考えて仕事をしていけば、社員のモチベーションも上がって事業はうまくいくんです。
    ところが、多くの経営者はノルマや数値目標、投資家の短期的な評価に基づいたマネジメントに頼ってしまい、社員も目の前の数字を達成することにきゅうきゅうとし、お客様のための仕事ができなくなってしまうんです。そうなれば業績が上がらなくなるのは当然です。
    「ノルマ主義をどうすればやめることができますか」という相談もよく受けます。でも皆さん、なかなかやめることができないんですね。それは経営者も社員も、とりあえず目の前に達成すべき数値目標があれば安心するからです。
    数字の達成自体が目的になってしまい、経営理念、お客様へのお役立ちという本来の目的に向かうことができなくなっている。これが、いまの多くの日本企業の実態だと思うんですよ。

    関根 田村さんもご承知のように、政府系金融機関だった商工中金は、様々な課題を乗り越え、2025年に民営化されました。なぜ民営化だったかと言えば、これも自分たちのためではなく、お客様のためを第一に考えた結果なんです。
    年々高度化、多様化していくお客様のニーズに応えていこうとすれば、政府系金融機関のままではどうしてもできることが限られてしまいます。さらに、最終的な経営責任を誰が取るのか曖昧あいまいなところもありましたし、経営陣にすべての権限が与えられているわけでもありませんでした。
    ですから、どうすればお客様のお役に立てるのか、この思いが民営化の原動力になったんです。

    田村 お客様のためにという道徳と、事業の発展(利益)を見事に両立させている関根社長の実践は、世の中の経営者に経営のあり方を見直す力を与えるものです。民営化後の舵取りも応援しています。

    原点となった岡山工場での学び

    関根 ところで、経営理念や社員一人ひとりのモチベーションを大事にする田村さんの考え方は、いつ頃培われたのですか。きょうはぜひ田村さんの原点、歩みもお聞きしたいと思っていました。

    田村 私が大学卒業後、縁あってキリンビールに入社したのは1973年で、最初に配属されたのは岡山工場の労務課でした。これが私にとってすごく幸運でした。
    というのは、当時のキリンビールはじょうたつ、大卒の事務職が現場に指示してマネジメントするというスタイルだったんですね。ところが、岡山工場は、現場が自分たちで決めたことを大卒の事務職がサポートするというスタイルで運営していたんです。
    仕事が終わると、毎日のように現場の人と飲みに行き、いろいろ対話をするのですが、その中で会社というのは現場が中心であり、現場に本質があることを実感していきました。また、毎日一緒に飲んでいると、「地道に愚直に徹底的に」という言葉があるように、一所懸命仕事に向き合っている人ほど、ある日突然、「この人、急に成長したな、すごいな」と感じる瞬間があるんです。発する言葉や行動が急に変わるんですよ。
    こうした経験から人間ってすごいな、人間の能力を最大限発揮させていけば仕事というのはうまくいくんだな、ということが感覚として体に入っていったんです。

    関根 まさに岡山工場での体験と学びは田村さんの原点ですね。

    田村 それともう一つ、労務課ですから、現場のディティールと同時に、工場全体のことも考えなくてはいけないんです。岡山工場の次は本社の労務部門で仕事をしましたが、例えば賃上げをいくらにするかという時も、当然キリンビール全体のことを考えないと適正な金額は出せません。20代でそうした木も森も両方見る習慣を培うことができたのは、すごく幸運でしたし、勉強になりました。
    実際、32歳の時に営業畑に移り、大阪支店でスーパーマーケットや百貨店といった量販店を担当したのですが、労務課で学んだことを実践したところ、1年目にして量販店担当の中で全国1位になったんですよ。キリンビールの営業も上意下達で、本社の意向を大事にしていました。一方、私は何事も現場基点で考え、量販店の人に、「どういう状態ができれば、お客さんが買いやすいですか」と聞いて、とにかくお客様の視点から戦略を考えていったんです。
    上から言われたことを相手に押し付けるだけの営業と、顧客視点で考える営業とでは、明らかに成績が違います。