2026年8月号
特集
時務を識る者は
俊傑に在り
対談
  • 東洋思想研究家田口佳史
  • IPU・環太平洋大学教授内田伸子
いま日本の教育に必要なこと

人間の根っこを
養う教育

東洋思想研究家として江戸期の教育を研究する中で幼児教育のあり方に強い関心を抱くようになった田口佳史氏。倉橋惣三、堀合文子という保育学の先駆者の薫陶を受け、現在における幼児教育のあり方を提唱し続ける内田伸子氏。スタンスは異なるものの「幼年期の教育が日本の未来をつくる」という思いは同じである。混迷を極める日本にあって人間の根っこを養う教育はいかにあるべきか。そして課題解決のためにいまどういう手を打つべきなのか。それぞれの視点から学びたい。

    この記事は約28分でお読みいただけます

    東洋思想研究家

    田口佳史

    たぐち・よしふみ

    昭和17年東京都生まれ。記録映画監督としてバンコクで撮影中、水牛に襲われ瀕死の重傷を負う。生死の狭間で『老子』と出合い、東洋思想研究に転身。「東洋思想」を基盤とする経営思想体系「タオ・マネジメント」を構築・実践し、1万人超の企業経営者や政治家らを育成。英語版・中国語版のニューズレターは海外でも高評価を得ている。主な著書(致知出版社刊)に『「大学」に学ぶ人間学』『「書経」講義録』『「中庸」講義録』『王陽明「伝習録」に学ぶリーダーの人間学』他多数。最新刊に『人生の指南書・四書五経の名言を読む』。

    IPU・環太平洋大学教授

    内田伸子

    うちだ・のぶこ

    昭和21年群馬県生まれ。45年お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。学術博士。平成2年同大大学院教授・理事・副学長に就任。専門は発達心理学、言語心理学など。ベネッセ「こどもちゃれんじ」監修やNHK「おかあさんといっしょ」番組開発も務める。23年より名誉教授。IPU・環太平洋大学教授。令和3年文化功労者。5年瑞宝重光章を受章。著書に『想像力─生きる力の源をさぐる』(春秋社)『子どもの見ている世界 誕生から6歳までの「子育て・親育ち」』(春秋社)他多数。

    子供たちの姿を見たら国の将来が分かる

    内田 初めてお目に掛かります。きょうはどうぞよろしくお願い申し上げます。

    田口 内田先生とお話しするのは私の念願でしたから、お会いできて大変光栄です。実は数日前に腰を痛めましてね。医者からはしばらく療養するように言われているんですが、先生とは何としてもお会いしたかった。それで強い痛み止めを打って、ここにまいった次第です。

    内田 ああ、そこまでして。おそれ多いことです。

    田口 私は漢籍の専門家ですから教育に関しては門外漢もんがいかんなんです。50数年、東洋思想を読みふけってきた私がなぜ幼児教育のプロである内田先生と対談したいと思ったのか。そのことからまずお話しさせていただきたいと思います。
    先生もご存じのように「しょきょう」をはじめとする東洋思想の根幹に流れるのはしゅうじんの教えです。つまり、国を治めようと思ったら、まず自分自身を修めなくてはいけないという一本の筋が通っておりましてね。一人ひとりの人間のあり方と国家とのつながりを思うにつれて、私は人間としての規範を失ってしまったかのような日本人の未来と、そのことで混迷を極める我が国の未来が心配で心配でしょうがなくなってきたんです。
    学校でのいじめや不登校の変わらぬ増加もそうですが、最近では闇バイトの実行犯が16歳の高校生だったりするわけです。金のためだったら人を殺しても構わない。そう考える人間が増えてきたことは、その典型でしょう。

    内田 実に悲しいことですね。

    田口 そういう時に、ふと歴史家がこぞって口にする言葉が頭に浮かびました。「その国の将来を展望しようと思ったら、絶対に見ておかなくてはいけないものがある。それは20年後、30年後に国を背負って立つことになる子供たちの姿だ」と。
    ああ、そうかと。国家の将来というと、国防とか外交とかいろいろな視点があるけれども、何よりもその国を構成する人間がしっかりしていなくては、国としての基盤は成り立たない。とりわけ幼年期の教育や環境は極めて重要だという思いに至ったんです。それで5年ほど前から幼年教育に関する勉強会を開いてきました。
    詳しくは後ほどお伝えしますが、私は江戸期の幼年教育にこそそのヒントがあると思っています。ただ、自分の考えが本当に正しいのかどうか、教育の門外漢である私には分からない。それで日本を代表する保育の大家と呼ばれる人はいないだろうかと、何人かの知人に電話で聞いてみたところ、皆が等しく口にしたのが内田先生の名前だったんです。

    内田 もったいないお言葉です。

    田口 皆が言うには、日本の保育学には「日本幼児教育の父」である倉橋そうぞう先生、その教え子で「保育の神様」と言われたほりあい文子ふみこ先生からの大きな流れがある。その大きな流れを受け継がれているのが内田先生であると。そのことを聞いたものですから、今回、このような対談という形でお声を掛けさせていただいたわけです。

    子供主体に変わった日本の幼児教育

    内田 いま田口先生がおっしゃった「幼年期の教育こそが国の未来をつくる」という言葉は、まさに私がこれまでずっと抱き続けてきた思いですから、とてもありがたく受け止めさせていただきました。
    お名前を挙げてくださった倉橋惣三先生、堀合文子先生について、せっかくの機会ですので少しお話しさせていただきます。倉橋先生のお考えの中心は「遊びは学び」というものでした。幼年期の教育は子供が主人公で大人は賢いわき役という「子供中心の保育」を提唱されました。大人は子供たちが自発的に遊べる環境を準備しなくてはいけない。そして、そこでは子供たちに成果を求めるのではなく、遊びに熱中しているかどうかをきちんと見てほしいとおっしゃっています。
    遊びに熱中する中で探究心や好奇心、挑戦心が湧いてくる。大人たちはその様子をしっかりと見守り、丁寧に寄り添いながら、困っているなと思ったら足場を掛けてあげる。足場を掛ければ見通しがよくなるわけですが、どっちの方向に行くかは子供自身に決めさせる。このように子供があくまでも主人公だと、そのことを伝えられたのですね。

    田口 大人はどこまでもサポートに徹するわけですね。

    内田 ええ。その倉橋先生の一番弟子が堀合先生です。堀合先生は倉橋先生のお考えを、お茶の水女子大学附属幼稚園という、ご自分の保育の場で実践されました。そして試行錯誤の末に現代の保育者たちが実践できるものとして確立していかれたのです。
    堀合先生からいただいたお言葉に「前を見ていても、横の子供の体の動きが見えるのです。後ろの子供の心の動きが見えるのです。そうでしょう。その神経の使い方が保育者なのです」というものがあります。
    この「神経の使い方」とはどういうことか。先生の保育を見学させていただくと、工作中の子を手伝ってあげたり、お店屋さんごっこの中にお客さんとして入っていったり、そうかと思ったら林で虫採りをしている子に虫かごを渡してあげたり、とにかくよく動かれるんです。そして、どの子がどこで何をしているのか、何に困っているのか、あるいはどのくらい夢中になって遊んでいるかをすべて把握されている。それを「神経の使い方」とおっしゃっているわけです。
    これは保育にたずさわる者にとって、とても大切なことなんですね。

    田口 内田先生は早くから幼児教育に携わっていらっしゃったのですか。

    内田 私は発達心理学が専門で、最初から幼児教育を専門にしていたわけではありません。大学院の頃にお世話になったやましげ先生(英文学者/お茶の水女子大学名誉教授・享年96)がジャンルを超えた研究会をやられていて、私もその一員で外山先生と親しく研究談義をする機会をいただいておりました。外山先生が附属幼稚園の園長を務められた時に、「附属幼稚園には堀合先生という保育の名人がいる。その保育を学生たちにもぜひ見せてあげてほしい」とおっしゃり、堀合先生の保育中のビデオを撮るよう依頼してくださったのがきっかけとなって、幼稚園の保育室に定期的にお邪魔するようになりました。
    それで大学院生たちと、ビデオカメラで先生の保育を記録するようになりました。保育を見学した後、保育の振り返りの会議の場で堀合先生は、黄色く変色した学生時代に受けた倉橋先生の講義ノートを見ながら「倉橋先生はこうおっしゃったんだけど、どうもうまくいかなくてね。こういうやり方に変えてみたの」といった話を私たちにされました。私が子供主体の教育について関心を抱いたのはこの時でした。
    先ほど田口先生は教育の現状を憂慮される発言をされ、それはまったくその通りなんですけど、一つ転機となったのは、日本の幼児教育は幼稚園、保育園共に倉橋先生が提唱し、堀合先生が実践されたような子供主体の保育に2017年から変わったんですね。こども家庭庁が新設され、「保育・教育の原理」は「子ども中心の保育・教育」を実現すること、すなわち、活動の主体・主人公はあくまでも子供であり大人は賢いわき役として子供の生活や活動を支えることが規定されて、幼保一元化の流れができました。

    「遊びに熱中する中で探究心や好奇心、挑戦心が湧いてきます。大人はその様子をしっかりと見守るべきです」