2020年5月号
特集
先達に学ぶ
インタビュー③
  • 日本子守唄協会理事長西舘好子

日本人よ 子守唄を取り戻せ

いま、我が国で起こる児童虐待の数は、年間約16万件にも上るという。現代人の心に何が起きているのだろうか。先達が残した大切な財産ともいえる子守歌の伝承・普及に取り組む西舘好子さんに、痛ましい事件が続く要因、そして私たちが取り戻すべき心についてお話いただいた。

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家庭から失われた母の力、父の力

——2019年『致知』9月号の「特集総リード」で、西舘さんの会報に掲載された「僕の声を聞いて」という文章を紹介したところ、大変大きな反響がありました。

「おかあさん ぶってもけってもかまわないから 僕を嫌いにならないで」と、母親から虐待を受けている少年の悲痛な思いをつづった文章ですね。
私が小さい頃にはなかったことですけど、親が我が子に暴力を振るい、時に死に至らしめてしまう痛ましい事件が、近頃は日常茶飯事さはんじになりました。
親の愛情というのは、子供にとって絶対的なものでしょう。それがいま、根底から揺らぎ始めています。いまの親というのは、家庭で父親はどうあるべきか、母親の役割は何かということが分からなくなっている。父、母という言葉の重みがなくなって、家庭が喪失してしまっているんですね。特に、子育てに直接関わる母親の力が家庭から失われてしまったことが、こうした事件が頻発ひんぱつする根源じゃないかと思っています。

——なぜ母親の力が家庭から失われてしまったのでしょうか?

戦後に核家族化が進んで世代間の交流がなくなり、家庭という場で代々伝えていかなければならない大切なことが、伝えられなくなってしまったことが大きいでしょうね。
虐待を受けた子たちの施設に行くとよく分かるんですけど、いまの親は子供の抱き方も知らないの。まだ首もわっていないうちから変な抱き方をされて、骨折してしまった子もいるんですよ。
子育てって上の代から伝承されていくものだし、家庭は本来人間の基本を養う大切な教育の場だったと思うんです。でも残念ながら、いまはそれを担える家庭が少なくなっているんじゃないでしょうか。

——憂慮すべき事態ですね。

平等という考え方が過度に蔓延まんえんしたことも一因だと思います。
これを言うと古いって言われるけど、やっぱり男は男の力を発揮すべきですし、女は女の力を発揮すべきで、違いを理解して協力し合うことこそが大事だと理解してほしいですね。そして、妊娠して、産んで、育ててという3つの重みを背負っているお母さんの力っていうのは、絶対的なものだと思うんですよ。
でも最近は、女が社会に出て男と肩を並べるとか、男と全部同じじゃなきゃ許せないみたいな時代の風潮でしょう。それと共に男らしさということも問われなくなってきましたね。それが家庭を家庭たらしめていないもう一つの要因になっている気がします。昔の男は俺が世の中を支えているんだみたいな気迫がありましたよ。責任を負う男が少なくなったし、矍鑠かくしゃくとした、いい年の取り方をした老人もあまり見なくなりました。

——確かにおっしゃる通りです。

そうした中で、家庭はもう要らないんじゃないかって考える人が増えてきています。これは怖いことですよね。若い方に聞くと結婚なんか意味ないんじゃないかって。でも結婚って、意味があるとか、何か得をするとか、そんなものじゃないと思うのよね。私は「家庭って一番大事なんだよ」「子供が生まれればなお大事なんだよ」って一所懸命言うんだけど、子供より自分の幸せのほうが大事という親には暖簾のれんに腕押しで……。

日本子守唄協会理事長

西舘好子

にしだて・よしこ

昭和15年東京生まれ。劇団の主宰や演劇のプロデュースで活躍し、平成12年NPO法人日本子守唄協会を設立。現在は理事長として、子供たちへの文化の継承に尽力。著書に『歌い継ごうよ、子守唄』(仏教企画)『こころに沁みる 日本のうた』(浄土宗)など。