2026年11月号
特集
夢なき者に
成功なし
インタビュー①
  • 宅島グループ会長宅島壽雄

夢をかたちに

長崎県雲仙市小浜を拠点に、県内で総合建設業や観光業をはじめとした多種多様な事業を展開する宅島グループ。父親が営んでいた建設会社の経営のバトンを託され、売上高200億円、社員数500名を超える企業グループへと導いてきたのが宅島壽雄氏、82歳である。様々な山坂を越え、地域と共に歩んできた経営人生を辿りながら、事業発展の秘訣に迫る。

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    宅島グループ会長

    宅島壽雄

    たくしま・としお

    昭和19年大阪府生まれ。40年日本大学短期大学卒業後、宅島建設に入社。54年社長就任。平成23年会長就任。27年旭日小綬章受章。現在は大石建設やプラス建販をはじめ、グループ9社の社長を務める。

    小浜の地と共に歩み来て75年

    ――宅たく島しま会長が率いる宅島グループは今年(2026年)で設立75周年の節目を迎えたそうですね。

    私が親父の創業した宅島建設に入った1965年当時は、社員10数名の小さな会社でした。いまではグループ全10社、全体で500名を超える社員、売上高約200億円の規模へと成長しました。
    振り返れば、ここ長崎県雲うん仙ぜん市小お浜ばまの町と共に歩み、育てられたように思います。経営理念「感謝・誠実・報恩」に則のっとり、地域への恩返しとして多岐にわたる事業に邁まい進しんしてきたことが、今日の発展に繋つながったのではないでしょうか。
    私は今年で82歳になりましたけど、いまもグループ9社の社長を務め、毎日7時に出社しては現場にも足を運びます。一回見とったら、どういう仕事をしているかよく分かるからね。だから土日も休みなしですよ。

    ――とても82歳とは思えないバイタリティーに圧倒されます。宅島グループが多くの人々から支持される理由を教えてください。

    地域密着で一つひとつの仕事を積み重ねてきたことが、よかったんかなと。グループの中核を成す宅島建設は長崎県南部を中心に、土木工事から公共建築、民間のビル建設まで幅広く手掛けています。特にインフラ整備や災害時の迅速な復旧といった社会基盤を支えていることが評価され、公共工事に数多く携たずさわってきました。
    それから、2000年にM&Aで参画した大石建設は県北エリアに拠点を構え、港湾工事に優れた建設会社です。この2社でうまく棲すみ分け、県内全域をカバーしている点が強みといえます。
    他にも、観光バスを運行する雲仙観光、産業廃棄物処理を行うクリーン雲仙を筆頭に、様々な会社で構成されています。こうした事業展開をしているのは、ひとえに地域の活性化を図るため。
    40年前にはこの地域に約18万人が暮らしていたのに、少子高齢化や過疎化の影響で年々減少し、現在は約12万人まで減ってしまいました。実際、グループ会社は我々が立ち上げたというより、後継者不足などの事情で当社に持ち込まれたケースが大半を占めます。故郷を元気にしたい。この強い思いが原動力になっているんです。

    ――ああ、故郷を元気にしたい。

    ですから、地域振興にも長年尽力してきました。28歳で地元の商工会に加入し、2006年から雲仙市商工会会長、2009年からは長崎県商工会連合会会長を4期12年間務めました。
    また、高校生の頃からの友人である高校サッカー界の名将・小こ嶺みね忠ただ敏とし監督の勧めで実現した長崎県の中学生サッカー大会「宅島グループ杯」は、今年で34回目を迎えます。未来を担う若者に夢を見て成長してほしいと願い、育成支援に取り組んでいるんです。
    すべては地域を盛り上げ、恩返しがしたいから。これからも地域と共に歩んでいくことこそ、当社の役目だと思っています。