2021年7月号
特集
一灯破闇
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  • 白浜バプテストキリスト教会牧師藤藪庸一

1,000人のSOSに向き合い続けて

日本の自殺者は年間2万人を超え、「自殺大国」と呼ばれて久しい。そんな中、和歌山県は南紀白浜の名勝・三段壁で、22年にわたり自殺志願者と向き合ってきた牧師がいる。藤藪庸一氏。24時間365日、自らの生活をなげうって人の心に光を灯してきた歩みを辿たどると共に、いまを生きる人へ渾身のメッセージをいただいた。

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現代社会で生と死を分けるもの

和歌山県白浜の名勝・三段壁さんだんべき。紀伊半島の南西に位置し、高さ50メートル、全長2キロメートルに及ぶ断崖絶壁です。真っ青な海を見下ろすがけの上には、こう書かれた看板が立っています。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしは、あなたを愛している。イエスは言われた。『わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。』 」『聖書』

この言葉と共に記されているのが、私が牧師を務める白浜バプテスト教会で取り組む「(三段壁)いのちの電話」の番号です。

「いのちの電話」は1979年、この崖から身を投げる人が後を絶たない現実に心を痛めた先代・江見太郎えみたろう牧師が始めた自殺志願者救援活動です。私はこれを引き継いで22年間、1,000人を超える人たちと向き合ってきました。

現在、三段壁には公衆電話ボックスが2つあり、受話器の脇には、思い詰めた人の最後の助けになればとの思いで、10円玉を切らさないように置いています。

「もう生きていても仕方ない」
「私が死んでも誰も悲しまない」

教会にはこんな電話が毎日のように掛かってきます。県外からの相談も合わせると、多い時は月に200件になるでしょうか。

2021年に入り、自殺を企図きとして三段壁に来る人に、いままでにない変化がありました。女性の増加です。例年、元日から数か月で保護する人の男女比はほぼ7対3でした。今年はそれが逆転し、女性が男性の2倍になっています。

自殺しようと思った理由を聴くと、このコロナで夫婦一緒に過ごす時間が増え、衝突して離婚するなど、行き場を失ってしまう方が非常に多くいらっしゃいます。

長年様々な方の悩みを聴いてきましたが、人生の歯車が狂うきっかけはこうした人間関係の変化、職場環境の変化など、「そんなことで?」と思うような些細ささいなことです。しかし1つ、2つと問題が重なるにつれ追い詰められ、自殺を考え始めます。決して特別な人だけに降りかかることではありません。誰もがおちいり得るものなのです。

その時、生死を分けるものは何か。1つは、その人が「助けて」と声を上げられるかどうか。もう1つは、助けを求めた相手がどういう反応を示すか。これだけです。

プライバシーが重んじられる現代では、日常の場面で「あの人、つらそうだな。大丈夫かな?」と思っても気安くは踏み込めません。だからこそ、苦しい時は「助けて」と口に出さなければ、周りはなかなか正面から関われないのです。

助けを求められた人は、万一、助けられなくてもいい。よい手が浮かばなくても、最後まで真剣に話を聴く、一緒に泣く。それだけで結果は変わってくるのです。そのことを私は、活動を通して実感してきました。

白浜バプテストキリスト教会牧師

藤藪庸一

ふじやぶ・よういち

昭和47年和歌山県生まれ。東京基督教大学卒業後、平成11年白浜バプテストキリスト教会牧師に就任。「いのちの電話」を引き継ぐと共に、自殺志願者との共同生活を始める。17年NPO法人白浜レスキューネットワークを設立。現在、自殺志願者の自立支援の他、自殺予防のための活動にも取り組む。著書に『「自殺志願者」でも立ち直れる』(講談社)『あなたを諦めない』(いのちのことば社)がある。