2016年6月号
特集
関を越える
インタビュー
  • 書家吉田鷹村

94歳、
まだ前進せねば

人生は自己を究めるための道──著名な書家、学者であり、臨済の禅者でもある吉田鷹村氏。94歳のいまも後進を導き、道を究めんとする心にはいささかの衰えもない。「人生は前進あるのみ」。そう力強く語られる氏に、師の教えやご自身の人生観を支えつつ、いくつもの関を乗り越えた今日までの歩みを語っていただいた。

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書家としていまも門弟たちを指導

──吉田先生は94歳のいまも、門弟の皆さんに書を指導されているそうですね。

私が主宰する「たかむら会」「皎心会」という2つの研究会がありまして、毎月約30人の学書者が集まってくれます。予め私が課題を出して、書いた作品を持ち寄ってお互いに批評をし、古人の遺墨鑑賞をいたします。
書は、「こう書かなくてはいけない」と型にはめるものではありませんから、技術をあれこれ言うよりも、その人なりのよさを引き出してあげたいと思ってやっております。
最近も、ある展覧会で入賞された方のお身内から、このような手紙をいただきました。
「この度は門人の受賞、自分のこと以上に嬉しく、先生にご報告したくてペンを執りました。……鷹村先生に巡り合えた幸せと感謝の気持ちでいっぱいです。書を通して自分の人生を切り開いていく勇気をいただきました。……」

──吉田先生に対する感謝の思いが綿々と綴られていますね。

同じような手紙をいろいろな方からいただきますが、嬉しいですね。人生に意義を持って歩んでくれれば、書をもって人を救うことも可能なんじゃないか、と祈りを抱く次第です。

──書には人を救う力がある。

ええ。それにはまず自分が力を持たなくちゃ。書のみならず芸術全般に、また世界観として正しい見識を持つことでしょう。

──それにしても、先生の目力や声の迫力には驚かされます。

いや、もう言葉が上手くまとまらない(笑)。師家として禅の指導をやっていた数年前まではまだまとまっていたけれども、いまは駄目です。体も足腰などいろいろなところが痛んでくる。特に書は体全体を使う仕事ですから、心身の態勢が保てなければいい字は書けませんね。
それでも一元會という展覧会には毎年出展しています。今度はこの言葉を書いてみました。
この里に手まりつきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし
良寛さんの歌ですね。これは人生を遊戯するという境地です。良寛さんはかつて激烈な修行ぶりを詠じ詩にしてますが、晩年はこんな歌が多いですね。

書家

吉田鷹村

よしだ・ようそん

大正10年埼玉県生まれ。田邊古邨氏に書道、大森曹玄氏に禅を学ぶ。それぞれの道を究めながら、東京学芸大学書道科教授として学生たちを指南。現在名誉教授。書道一元會会長、鉄舟会理事、書道同文会理事長、お茶の水女子大学講師、全日本書写書道教育研究会理事長、全国大学書道学会会長などを歴任。現在も「皎心会」「たかむら会」などを主宰し門弟の育成に当たる。著書に『禅の話』(鳥影社)『書のこころ』(邑心文庫)、歌集『鷹村作品集』(正・続)がある。また、日本橋三越、日本橋高島屋、銀座鳩居堂などで10回の個展を開催。