2021年4月号
特集
稲盛和夫に学ぶ人間学
我が心の稲盛和夫①
  • 一橋大学名誉教授野中郁次郎

歴史に名を残す
知的バーバリアン

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突然、軍歌を歌い始めた稲盛さん

私は現在、「稲盛経営の普遍化」をテーマにした立命館大学の稲盛経営哲学研究センターとのグローバルな共同研究プロジェクトに参加しています。稲盛さんは経営の神様と呼ばれた松下幸之助の経営手法に学び、自分なりに創造的に超えていきました。

経営者の人格が高まれば企業は成長発展する、企業は人としての器の大きさ、人間性以上にならないと信じ、自らの生き方と経営哲学を磨き続けました。「『自分にとって正しいこと』ではなくて、『人間として正しいこと』を貫く生き方をすべき」であると、自分の全人格を京セラの経営につぎ込みました。稲盛さんが無給で引き受けたJALの再建の際も、この稲盛哲学が大きな力を発揮しました。

そんな稲盛さんと初めてお会いしたのは、2015年秋のことです。共同研究プロジェクトが始まるのに合わせて「JALの再建」をテーマに対談がアレンジされたのです。しかし、最初はなかなか話がみ合いませんでした。私も緊張していましたが、稲盛さんもメモを読むような感じでした。

ところが、途中休憩を挟んで対談が再開されると、意外なことが起こりました。稲盛さんが突然、「エンジンの音轟々ごうごうと、はやぶさく雲の果て……」と軍歌を歌い出したのです。前代未聞のことなので驚きましたが、歌い終わるや間髪れずに「加藤隼戦闘隊ですね」と問いかけると、稲盛さんは「そうです。昨日コンパがあって……」と言われました。「加藤隼戦闘隊」の大合唱がJALのコンパの恒例になっているのだそうです。

この出来事で雰囲気は一変し、その後の対談はうまくいきました。稲盛さんの歌声には驚かされましたが、同時に、人を動かすリーダーとしての深くて温かい人間性を感じることができたのです。

一橋大学名誉教授

野中郁次郎

のなか・いくじろう

昭和10年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院博士課程修了。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授、北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科長、南山大学経営学部教授、防衛大学校教授などを歴任。経営学の立場から組織の知識創造理論を構築し、経営学の新しいパラダイムを世界に発信している。『失敗の本質』(中央公論新社)『知識創造企業』『ワイズカンパニー』(共に東洋経済新報社)など著書、編著書多数。