2023年5月号
特集
不惜身命 但惜身命
対談
  • 茶道裏千家前家元千 玄室
  • 五井平和財団会長西園寺昌美

世界の平和に
人生を捧げて

4月で満100歳になられる茶道裏千家前家元の千玄室氏と、五井平和財団会長として世界各国で講演活動を続ける西園寺昌美氏。両氏には歩んだ道こそ違え、大きな共通点がある。世界の平和を願い、その志のために人生を捧げてきたことである。戦争や闘病という死線を越えた体験を通して平和に目覚めたお二人の歩みは、文字通り不惜身命、但惜身命そのものといってよい。それぞれの歩みを振り返りながら、いまだ紛争が絶えない現代、私たち一人ひとりは平和のために何ができるのかを語り合っていただいた。

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100歳になるいまも大学で講義

 西園寺さん、しばらくです。

西園寺 本当にご無沙汰しております。玄室げんしつ様もお変わりございませんか。ハワイからお帰りになられたばかりと伺いましたが、きょうはお疲れのところお時間を調整していただき、心より御礼申し上げます。

 ハワイ大学で4回講義してまいりました。1時間ずっと立ったままで。

西園寺 まあ、100歳になられる玄室様がいまもそれだけ力強く活動されていることに、言葉にならないほどの感動を覚えます。立ち居振る舞いも少しも変わらず実にお美しくていらっしゃる。奇跡の方だと心からそう思います。

 お茶のおかげですよ。母親の胎内にいる時からお茶を飲んで生まれてきましたからね。私の体はお茶でできていて、緑の血が体中に流れているのです(笑)。
おかげさまで私はいたって元気なのですが、最近、私より年下のトヨタの章さん(元社長の豊田章一郎氏)が97歳で亡くなりました。長い間友達として親しくしておりましたので、本当に残念でなりません。

西園寺 同じ時代を共に歩まれた同志であられますから……。

 考えてみたら西園寺さんとも長いお付き合いですね。最初にお会いした時、あなたはまだ20歳そこそこでした。後に嫁がれて西園寺姓になられましたが、琉球国王のしょう家のお生まれで、沖縄に大変縁の深いお方でいらっしゃいます。尚家といいますと、1968年、沖縄に青年会議所が設立された時、地元の実業家の尚詮しょうせん君にお会いし、親しくお付き合いさせていただくようになりました。

西園寺 尚詮は私の伯父でございまして。

 それに西園寺さんの師で、養父でもいらっしゃる宗教哲学者・五井昌久ごいまさひさ先生ともいろいろなご縁がありました。私は直接先生にお会いする機会はございませんでしたが、五井先生の信奉者で五井平和財団の設立に尽力された瀬木庸介せきようすけさんの奥様が、私の家内と子供時代からの親友でございましてね、そういうこともあって西園寺さんともたびたびお会いしてきました。
もともと西園寺家は、古くから京都の公家として、千家とのつながりがあり、そこにも何か不思議な因縁のようなものを感じているのです。

西園寺 玄室様には何回も沖縄にお出ましいただき、地元の首長など名士の方々とお会いくださいました。玄室様がいろいろな意味で沖縄の地を支えてくださっていることに改めてお礼を申し上げたいと思います。

 この3月末にまた沖縄に行くことにしております。
江戸時代、尚家にお茶奉行としてお務めしたのは、千利休から3代目に当たる宗旦そうたんの弟子・喜安きあんという人物でした。2019年に首里城が焼失する前、城内の御殿にまいりました時に、約400年前、千家からお届けした座椅子や、王様ご夫妻がお飲みになる天目てんもく茶碗など諸道具が展示されていて大変感動いたしました。「国王はここでお茶を召し上がったのだな。ここで喜安が茶をてたのだな」と当時に思いをせながら、熱いものが込み上げてくる感覚を抱いたものです。
喜安は薩摩が琉球に攻め入った時、捕虜となられた国王を助け、薩摩との折衝を続けたばかりでなく、2代将軍・徳川秀忠に拝謁はいえつするために江戸に同行しています。そういう面白い逸話がいくつもございましてね。

西園寺 私は琉球王国の歴史のことも茶道のお点前てまえもあまり存じあげず、玄室様からお教えいただくことばかりですが、ぜひ後世のために記録として書き残していただけたらと思っております。

茶道裏千家前家元

千 玄室

せん・げんしつ

大正12年京都府生まれ。昭和21年同志社大学法学部卒業後、米・ハワイ大学で修学。39年千利休居士15代家元を継承。平成14年長男に家元を譲座し、千玄室大宗匠を名乗る。文学博士、哲学博士。主な役職に外務省参与、ユネスコ親善大使、日本・国連親善大使、公益財団法人日本国際連合協会会長。文化功労者顕彰・勲二等旭日重光章・文化勲章、レジオン・ドヌール勲章コマンドール(フランス)、大功労十字章(ドイツ)、独立勲章第一級(UAE)等を受章。京都市名誉市民。

日本の現状を見て思うこと

西園寺 きょうは私たち2人の原点である平和というものをテーマに玄室様とお話しさせていただけますのを楽しみにまいりましたが、国内外に目を向けると私たちの願いとは反対に、ウクライナ戦争など悲しい出来事がいまも続いております。

 ええ。ニュースが報じられる度に私も胸が苦しくなります。と同時に思うのは、あまりにもひどいいまの日本の現状です。日本の未来を思うと心配で心配で、道を歩いている人を捕まえては説教をしたくなるくらいです。あの時、自分は特攻で死んでいたほうがまだよかったとさえ思うのですね。
なぜかと申しますと、国会の議員さんたちにしろ、世の中の人たちにしろあまりに平和ボケをしてしまっていることが一つ。もう一つは、日本がこのようなていたらくであるのに議員さんたちが、なぜ真に自国を思って不惜身命ふしゃくしんみょうの気持ちに駆られないのだろうかという義憤ぎふんです。国会でやっていることは党利党略、そればかりでしょう。
日本が戦争に敗れて、日本人たちはどんな苦労をして我が国をここまで立て直してきましたか。そのことをよく考えてほしいのです。それはアメリカの援助ばかりではない。日本人の精神力ですよ。苦しくても耐え忍び、辛抱しんぼうしながらお互いに助け合ってきた。そのおかげで、我が国はここまで立ち直ることができたのです。日本人がその恩や歴史を忘れ去っていることが、私は本当に悲しい。

西園寺 私もまったく同じ思いでございます。

 平和、平和と口先だけ平和を唱えながら、実際には好き勝手に、我がままに生きているのがいまの日本人です。しかし、理想的な社会をつくろうと思ったら、いまを大切にしなくてはいけない。いまがあってこそ明日があるのです。いまを自分勝手に生きていながら、どうしていい未来が築けますか? ですから、日本人はいま一度、自分の置かれた場所、要するに日本という居場所をもっと大切にしていただきたいと、私は心から願っています。

西園寺 日本人の精神性は、本来どこの国よりも高いと、私はかねてより感じております。日本人は和を重んじる気質があり、社会のルールはきちんと守るし、貧しい人、困っている人がいれば助け合って生きようとする。新型コロナウイルスが蔓延まんえんした3年間、中には自堕落に走った若者もいたと聞き及びましたが、そういう中にあっても中高年の方々の多くは、じっと時機を待ちつつ家で自粛生活をなさっていました。
しかも、多くの方は上からの指示、命令によるものではなく、「皆様に迷惑を掛けたら申し訳ない」「社会を混乱させてはいけない」という内から湧き出る思いによって自己を制していらっしゃったわけです。私は多くの国の人たちと交流を続けてまいりましたが、そういう素晴らしい国民性は、日本人が突出していると感じます。魂のレベルがとても高いのです。
これからの時代は、そういう年長者たちが手本を示して若い世代を導いていただきたいと思います。また、いまのように世界が混乱している時こそ、日本人は先頭に立ち、その精神性を示さなくてはいけません。そうなれば「さすが日本人だ」と世界から賞賛され、和の精神が世界に浸透してゆく時が来ると私は確信を持っております。それまでは私も生き続けますから(笑)。

 同じ思いです。

西園寺 少し話は変わりますけれども、最近、若い人が『致知』を使って勉強会をしていると聞いて、とても頼もしく感じているのです。皆さん、将来の指導者になる方ばかりでしょうし、そういう皆様に日本を背負って立っていただきたいと心より念願しております。

 『致知』を読んでいる人は皆、知識人で国を愛する人が多いですからね。

西園寺 ええ。私も読者の1人として毎月『致知』が届くのを楽しみにしておりますが、わずか1、2ページの「特集総リード」の中に、あらゆるジャンルの大変知的レベルの高い内容が詰まっておりますね。「特集総リード」をまとめた『人生の法則』は本当に素晴らしい本で、私はたくさん購入して皆さんにプレゼントしました。そのようにして『致知』の教えに触れる若者が増えることはとても喜ばしいことだと思います。

五井平和財団会長

西園寺昌美

さいおんじ・まさみ

昭和16年東京生まれ。「世界平和の祈り」を提唱した宗教哲学者・五井昌久氏に師事、その後五井氏の後継者として白光真宏会会長に就任。五井平和財団会長、MPPOEI代表。ブダペストクラブ名誉会員。聖シュリ・ニャーネシュワラー世界平和賞(西園寺裕夫氏と共同受賞)、女性リーダーサミット・サークルアワード、バーバラ・フィールズ人道平和賞、ルクセンブルク平和賞、パキスタン大統領より「国際平和賞」、ユーロナレッジ・リーダーシップ平和賞を受賞。欧州の『OOOM』誌「世界で最も人々に影響を与えた100人」に数回選出。