2026年9月号
特集
めざすものを持つ
対談
  • デンソーウェーブ エッジプロダクト事業部主席技師原 昌宏
  • NECフェロー今岡 仁
QRコード・顔認証

世界標準は
かくして生まれた

ここに現代社会に欠かせない技術を生み出した2人の日本人技術者がいる。大容量の情報を迅速かつ正確に読み取ることができる二次元コード「QRコード」を開発した原 昌宏氏。生体認証の分野では後発だったNECの顔認証技術を世界一の認証精度へと押し上げた今岡 仁氏。世界標準の開発に至る道のりは決して一路順風ではなかったというが、いかにして苦境を乗り越え道を切り開いてきたのか。両氏の挑戦の軌跡、人生・仕事の流儀について語り合っていただいた。

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    デンソーウェーブ エッジプロダクト事業部主席技師

    原 昌宏

    はら・まさひろ

    昭和32年東京都生まれ。55年法政大学工学部卒業後、自動車部品大手デンソーに入社。バーコードリーダーの開発に従事。平成6年漢字など大容量のデータを高速で読み取れるQRコードを開発。13年より組織改編に伴ってグループ会社のデンソーウェーブに所属。平成26年QRコードの開発チームと共に欧州発明家賞受賞。令和5年日本学士院賞・恩賜賞受賞。

    NECフェロー

    今岡 仁

    いまおか・ひとし

    昭和45年東京都生まれ。平成4年大阪大学工学部卒業。9年大阪大学大学院博士課程修了。同年NEC入社。14年より顔認証の研究開発に取り組み、米国国立標準技術研究所主催ベンチマークテストにて、NEC顔認証技術を世界No.1評価へ導く(2009年、2010年、2013年、2017年、2019年)。令和元年より現職。著書に『顔認証の教科書:明日のビジネスを創る最先端AIの世界』(プレジデント社)など。

    技術開発の最前線を走り続けて

     きょうは今岡さんとお話しすることを楽しみにしてきました。

    今岡 僕もです。実は、原さんとは今年3月に初めてお会いしたばかりなんですよね。

     ええ。日本科学未来館で行われた「友技の会」が最初でした。

    今岡 友技の会は、技術開発の最前線を走る者同士が情報を共有する場として、僕が2年前に立ち上げたコミュニティです。TOTOフェローのきたかどとしさんやIBMフェローを務められていた浅川智恵子さんをはじめ、そうそうたる方々が集って年4回ほど会議を開いています。
    会を重ねる中でもう少し人数を増やしたいと思った際、真っ先に頭に浮かんだのが原さんでした。QRコードを開発した偉大な技術者にいつかお会いしたいと思っていましたから。そうしたら、北角さんが「知っているよ」とすぐに紹介してくださいました。

     僕も以前から一度お目にかかりたいと思っていたので、喜んでお引き受けました。

    今岡 原さんの第一印象は、とにかく謙虚のひと言に尽きます。革命的な発明を成し遂げた人ですから、勝手にギラギラした人を想像していました(笑)。ところが、実際に話をすると威張ったり、実績をひけらかしたりする素振りが一切ない。本当にすごい人だなと。

     いやいや、とんでもない。QRコードと顔認証は、技術的には画像認識の分野で共通しています。だから、世界トップの地位を維持する難しさが分かるんですよ。開発でストレスが溜まる分、きっと気難しい人なんだろうなと思っていたら、いまのようなソフトな語り口調で非常に接しやすい。すっかり意気投合して、会議の後に2人で飲みに行きましたね。

    今岡 そこから今回の対談の機会までいただけて、大変光栄です。それにしても、QRコードを街中で見かけない日はありませんね。

     おかげさまで、僕たちの会社にはQRコードを使ってこういうことをやってみたいという要望が各方面から寄せられていて、現在はその実現方法を考える用途開発の仕事に取り組んでいます。AIの進歩に応じて社会のニーズも目まぐるしく変化する現代社会だからこそ、常にアンテナを張り、社会課題に即した技術を開発することが重要になると思っています。
    一つ例を挙げると、災害時の医療現場での活用を検討しています。東日本大震災や能登半島地震の発生直後、被災地で診療を行った先生方から患者の持病やアレルギーを即座に把握できず、災害関連死のリスクが高まってしまうという悩みが数多く寄せられました。
    そこで、レントゲン写真や心電図といった医療情報をQRコード化してスマホで見られるようにすれば、かかりつけ医がいなくても適切な治療法が分かるのではないかと。この技術の実装に向け、格納できる容量の拡大や個人情報を保護するセキュリティ強化を追求していきたいと考えています。
    今岡さんはいまどんなことに力を入れていらっしゃいますか。

    今岡 世界最高水準の精度を誇るNECの顔認証技術はアメリカのジョン・F・ケネディ国際空港をはじめ、現在50以上の国と地域で採用され、安全・安心な社会の実現に貢献してきました。一方で、先端技術の普及が進めば進むほど、悪用・乱用を防ぐ対策も欠かせません。特に顔認証は人の顔というセンシティブな情報を扱うため、より倫理性や公正性が問われます。そうしたデジタルエシックス(倫理)を踏まえ、顔認証のさらなる活用法を模索しているんです。
    先ほどお話にあった医療現場での実装もその一つ。顔認証で培った技術を活かし、内視鏡の検査で大腸がんの兆候をリアルタイムに自動検知するシステムを開発した他、顔画像から健康状態を見極める方法を研究開発しています。
    顔認証技術がどのように世の中の役に立つのかを見極め、新たな事業につなげていく。それこそが僕の存在意義だと思っています。

    世界最高水準の精度を誇るNECの顔認証技術を搭載した入国手続き端末

    「蒔かぬ種は生えぬ」

    今岡 2024年、QRコードの誕生から30周年を迎えられたと伺いました。

     開発当初は生産現場での用途が中心で、ここまで普及するとは考えてもいませんでした。世界中の人々が僕のつくったQRコードを使ってくれている。まさに技術者みょうに尽きる思いです。
    振り返ると、子供の頃からものづくりが好きでした。東京で生まれ、親父の転勤で2歳から12歳まで大阪に住んでいました。その後東京に戻ってきたのですが、学校で関西弁を話していたらバカにされましてね。次第に人としゃべるのが嫌になって、プラモデルづくりに精を出すようになりました。
    単に組み立てるだけでは面白くありませんから、塗装でオリジナリティを出したり、ジオラマをつくったり。うまくできれば周りからめられるのが嬉しくて仕方なく、どんどんのめり込みました。無意識のうちに、オンリーワンをめざしていたように思います。

    今岡 オリジナルのものをつくりたい。その思いはよく分かります。人からやり方を教わるほうが効率はいいかもしれませんが、自分なりに方法を考え、答えを導き出すことが技術者の根本ですよね。

     それから、小学生時代に人生最大の感動が2つあって、1つはテレビが白黒からカラーになったこと。もう一つは、アポロ11号の月面着陸です。「科学技術は何でもできるんだ」と心を動かされました。親父が電子部品のレジスター(抵抗器)の特許を持つ技術者だったこともあり、自然と技術者の道をこころざすようになったんです。
    ところが、高校受験で第一志望に落ちてしまって……。何もやる気が湧かなくなり、ぼうぜんしつとする日々が続きました。そんな折、親父と一緒に趣味の囲碁を打っていたら、こう諭されました。
    かぬ種は生えぬ」
    ぼーっとしていても何も生まれない、行動することで初めて物事が動く。この言葉が身にみて、高校では数学や物理といった技術者に関する科目を一所懸命勉強しました。法政大学工学部に入ると電気電子工学を専攻し、勉強の虫になって毎日一番前の席で授業を聞いていました。こうした日々の積み重ねが、技術者としての基礎を築いてくれた気がします。