2018年11月号
特集
自己を丹誠する
インタビュー①
  • TESS社長鈴木堅之

足こぎ車いすで
生きる希望を届ける

車いすといえば、体の不自由な人の移動を補助するものである。しかし鈴木堅之氏の手掛ける「足こぎ車いす」は、乗れば動かなかった足が動き、リハビリに活用すれば歩けるようになるケースもあるという。道なき道を切り拓いてきた鈴木氏に、この事業に懸ける思いを伺った。

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    2,500年の歴史を覆す車いす

    ——御社の足こぎ車いす「COGYこぎー」が大きな反響を呼んでいるそうですね。足こぎ車いすとはどういうものですか?

    病気や怪我けが、加齢などで足の不自由な方が、自分の足でいで移動できる車いすなんです。
    例えば、脳梗塞のうこうそくで左足がずっと麻痺まひ状態だった男性が、6年ぶりに自分の足を動かせた。あるいは5年半寝たきり状態だった女性が、これに乗ることで認知機能が向上した。こういった喜びの声がご本人やご家族からたくさん寄せられています。他にも脊髄せきずい損傷、パーキンソン病、関節リウマチ、脳性麻痺など、様々な疾患しっかんの方が活用してきましたが、足こぎ車いすに乗れば、歩行困難な方でも自力で好きな場所へ行ける喜びを味わっていただけますし、リハビリに活用すれば、再び自力で歩けるようになる可能性もあるのです。

    ——実に画期的ですが、なぜそのようなことが可能なのですか?
     
    もともとは30年以上前に立ち上げられた東北大学の医学部と工学部の共同研究を通じて開発されたものでしてね。生まれて間もない赤ちゃんの両脇を抱えてちょっと前に傾けると、まだ立つこともできないはずなのに、両足を交互に前に出して歩くような動作をします。これは原始歩行といって、中枢神経の回路が働いて生じる現象ですけど、足こぎ車いすでこの回路に刺激を与えることで、動かない足でも自動的に歩行運動を生じさせると考えられています。
    足こぎ車いすは、ペダルのギア比を1対0・8と極めて軽く設定してあるので、わずかな力でも踏み込めますし、踏み込むという刺激によって足が動くわけです。

    ——現在、どのくらい普及していますか?
     
    累計で6,000台くらいです。従来型の車いすはレンタルだけでも20万台くらい出ているので、まだまだ少ないですね。
    車いすの歴史が始まったのは、2,500年くらい前と言われていましてね。ギリシャにパルテノン神殿が建てられた時代に、戦争で怪我をした人が、車輪を付けた台に乗って移動したのが最初らしいのですが、その頃から現在まで、車輪を手で漕ぐという基本的な仕組みがほとんど変わらずにきているんですよ。最近はちょっと進歩して、電気で動くものが出てきたくらいで、動かない足を動かす車いすというのは、歴史的にこれが初めてなんです。
    これまでになかったものですから、創業当初は一所懸命に営業しても、あり得ない、医学的に不可能だ、ビジネスとして成り立たないといわれて、普及には随分苦労しました。その点、海外のほうが好意的でしたね。

    ——あぁ、海外のほうが。
     
    ある時テレビを見ていると、ベトナム戦争で使われた枯葉剤の影響で、いまも現地の多くの子供たちが遺伝的な病気に悩まされていることを知りました。私は彼らにぜひとも自分の足で動けたという感動を味わってもらいたいと思って、JICA(国際協力機構)を通じて現地の医療支援に赴いたんです。
    そうして現地の病院で、頸椎けいつい損傷の男の子が足こぎ車いすを見事に漕ぐことができると、主治医の先生もご両親も大喜びで病院中が盛り上がりましてね。その先生が海外へ研修に行かれる度に、こんなすごいものがあると紹介してくださったおかげで随分広まって、アメリカやフランス、タイなど、世界中のクリエイティブ・イノベーション関連のアワードをほとんどいただくことができたんです。

    おかげで、いまでは世界中から頻繁にお問い合わせのメールをいただくようになって、たまに「これ、何語なんだろう?」というのも来たりするんですが、訳してもらうと「感動した」「家族や知人にぜひ使わせたい」というメッセージなんです。
    今後は日本での普及をさらに進めていくためにも、足こぎ車いすに触れたり、試乗したりできる場所をこれまで以上に増やし、認知度を高めていかなければならないと考えているところです。

    TESS社長

    鈴木堅之

    すずき・けんじ

    昭和49年静岡県生まれ。平成8年盛岡大学文学部卒業。知的障碍者更生施設、理学療法士養成学校を経て、13年山形県内の公立小学校教員となる。15年医療ベンチャー企業FESに入社。半田康延教授と足こぎ車いす初号機に出会う。20年東北大学発ベンチャー企業TESSを設立。社長に就任。著書に『風きって進め 魔法の足こぎ車いす』(日本評論社)がある。