2018年11月号
特集
自己を丹誠する
  • 「母と子の美しい言葉の教育」推進協会会長土屋秀宇

読書は人間を深める

若者の読書離れが進み、それは様々な社会の歪みとなって現れている。長年、教育者として国語教育に向き合ってきた土屋秀宇氏は、その根本的要因は戦後の国語教育のあり方にあると言う。「教育の正常化は、国語の正常化にある」との原点に立ち返る必要があり、それがひいては日本の再建に繋がるというのが氏の一貫した主張である。また、自己を丹誠する上でいかに読書が重要なのか。ご自身の読書体験を交えながら語っていただく(本文については土屋氏のご意向で歴史的仮名遣いで表記します)。

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本を読まなくなつた若者たち

全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)が今年行つた調査では、電子機器を含めた1日の読書時間がゼロの大学生が53%にのぼることが分かりました。その一方で、スマートフォンの使用時間は1日平均177分間といふデータもあります。さういふ日がいづれ来るだらうとは予想してゐましたが、さすがに驚かずにはゐられませんでした。
 
平成15年に文部科学省が実施した調査を見ると、平日に読書をしない子供の割合は、小学生が28%、中学生が48%、高校生が61%といふ結果が出てゐます。15年前に既に読書離れの芽が出てゐて、それが今回の調査結果に結びついたかたちですが、私たちが知らなくてはいけないのは、それが単なる読書離れに留まらず、様々な分野に影響を及ぼしてゐることです。
 
例へば、2000年代に入つて日本は多数のノーベル賞受賞者を輩出した一方で、科学研究の論文数が減少傾向にあることが指摘されます。科学雑誌『NATUREネイチャー』に掲載された日本の論文数の割合を見ても、主要7か国の中で日本が唯一伸び悩んでおり、5年前には中国に逆転されてゐます。中国は平成28年度に初めてアメリカを抜いて世界の首位に立ち、日本はといへばインドに抜かれて6位に後退してしまひました。
 
アメリカに次いで世界第2位を誇つたノーベル賞大国の面影は最早そこにはありません。
 
大学生が本を読まなくなつたのは確かにスマートフォンの普及が影響してゐるからでせう。科学論文数が下がつてゐるのは日本の大学の研究費が安いといふ事情があるのかもしれません。だが、本当にそれだけでせうか。
 
結論から言へば、私は戦後の漢字や仮名づかひの改変、そこから派生した国語力の低下がこの問題に深く関はつてゐると見てゐます。さらに昭和22年の学習指導要領に「国語教育は古典の教育から解放されなければならない」といふ一文が盛り込まれたことで、古典教育が疎かになり、文語文と父祖伝来の言葉を学ぶ機会が奪はれたことも大きな要因と思ひます。
 
当然、古典を学ばなくなつた日本人は、著しい語彙ごいの貧困を招きました。湯川秀樹博士が「科学の発見や創造には素読による語彙の蓄積が大事」とおっしゃつてゐますが、古典軽視の教育を受けて語彙の蓄積が乏しい若い科学者から、よい研究成果は生まれ難いでせう。
 
日本人の国語力の低下を物語る興味深いデータがあります。私が住む千葉市のメデイア教育センターが約10年前の平成19年、1万3,000人の大学生の国語力を調査しました。すると国立大学の学生の6%、私立大学の学生の20%、短大生の35%が中学生レベルの国語力しかなかつたといふのです。いまの学生に至つては言はずもがなでせう。
 
実際、NHKのアナウンサーですら、会津の飯盛山いいもりやまを「めしもりやま」、欄間らんまを「らんかん」、とこを「ゆかのま」と読んでゐるのを聞いて驚いたことがあります。試験の「開始時刻」と言ふべきところを「開始時間」と表現し、時間と時刻との区別すらつけられない。天下のNHKがこれでは日本の将来が危ぶまれます。
 
青少年の国語力の低下を踏まへ、文科省は「読解力のもとになつてゐる語彙力の強化が必要だ」とコメントしました。だが、どうしたら語彙力が強化されるかといふ道筋までは示してゐません。おそらく読書量を増やす、読書の習慣を身につけるといふ以上の結論は期待できないでせうが、それだけでは根本的な解決策には至らないといふのが国語教育と長年向き合つてきた私の結論です。

一般社団法人「母と子の美しい言葉の教育」推進協会会長

土屋秀宇

つちや・ひでお

昭和17年千葉県生まれ。千葉大学教育学部卒業後、県内で中学校英語教師を務める。13年間にわたり小中学校の校長を歴任し平成15年定年退職。その後、日本漢字教育振興協會理事長、日本幼児教育振興會副理事長、漢字文化振興協会理事、國語問題協議會評議員などを務める。自身でも「漢字楽習の会」を主宰、教師塾「まほろばの会」講師として活動。この度一般社団法人「母と子の美しい言葉の教育」推進協会を立ち上げる。