2021年10月号
特集
天に星 地に花 人に愛
  • 理学博士佐治晴夫
理論物理学者が語る

宇宙の摂理と人間の生き方

宇宙研究の第一人者である佐治晴夫氏は、長年の研究を通して、宇宙の摂理は人間の生き方にも応用できることを発見した。人類の平和を願いつつ研究に打ち込んできた佐治氏が掴んだ宇宙、そして人生の法則とはどのようなものなのだろうか。その一端をお話しいただいた。

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「星は国籍を超えて同じ姿を見せてくれる」

私が宇宙に関心を抱くようになったのは、小学校(当時は国民学校)2年生の頃にさかのぼります。日本は戦争の只中ただなかでしたが、担任の先生が児童を集めて、当時、東京の有楽町にあった東日とうにち天文館に連れて行ってくださったのです。そこには日本に2台しかないプラネタリウムの1台があり、星の知識は戦争の役に立つというので、上映が続けられていました。

シューマンの夢幻的な名曲『トロイメライ』が静かに流れる中、徐々に日が暮れるとそこは満天の星空。その神秘的な光景にき込まれていったことをいまでもよく覚えています。

彼岸ひがんになると、家族で多磨たま墓地にある佐治家の墓参りに行っていましたが、近くに東京天文台(現・国立天文台)があり、その構内でお弁当を開くのが常でした。ドーム型の施設には大型の望遠鏡が収納されていて、父や兄が「あの望遠鏡で遠い宇宙を研究しているんだよ」と説明をしてくれる度に、宇宙のはるか彼方に夢をせましたが、幼い頃のそういういくつかの体験が私の宇宙への目覚めをうながしてくれたように思います。

終戦後、宇宙への関心は一層高まりました。世界的な彗星すいせい探索家・本田実先生にあこがれた私は、ある時先生に手紙を書きました。驚いたことに、先生はどこの誰とも分からない子供の手紙に丁寧なお返事をくださり、その時の感動は私の人生に大きな影響を与えました。大学や学校などで講義や授業をする立場になってからは、どんな聴講者も大切にしよう、子供たちから届く質問にも必ず返事をしようと心掛けるようになったのも、その感動がきっかけになっています。

その後しばらくした頃、私はどうしても本田先生にお会いしたいという衝動に駆られ、単身、岡山県倉敷くらしき市のご自宅天文台を訪問したことがあります。「星を見るのが、どうしてそんなにお好きなのですか」という私の質問に先生はこうお答えになりました。

「まぁ、考えてごらん。星というのは富める人にも貧しい人にも、国籍を超えて同じ姿を見せてくれるでしょう」

子供心にも胸に刺さるひと言でした。後で知ったのですが、本田先生は岡山県の長島愛生園ながしまあいせいえんというハンセン病患者の療養施設に天文台をつくられています。一度、この施設に入ったら生涯、肉親とも会えないであろう人たちに、分け隔てなく姿を見せてくれる星空の神秘を体験してもらうことで、生きる力の源になればと願っておられたのかもしれません。そんな思いを言葉だけでなく行動で伝えられたのが本田先生だったのです。

さらに、先生は太平洋戦争のさなか、ニューギニアの激戦地最前線にも彗星探索用の単眼鏡を持参されていて、彗星を発見されています。命の危険に晒される戦場でも彗星の探索をやめなかった理由をお聞きしたところ、「私が彗星を見つけたら、そのことが新聞でも報道されるでしょうから、自分の無事を両親に伝えられますからね」と微笑ほほえみを浮かべて答えられました。忘れ難いひと言です。

本田先生の他にも後年、「無からの宇宙創生」という有名な論文を書いたウクライナ生まれの物理学者、アレキサンダー・ビレンキン博士とのご縁も忘れられません。ビレンキン博士はモスクワ大学をトップで卒業しながら、社会主義とは思想的に相容あいいれず、若い頃、やっと得られたアルバイト先がモスクワ郊外にある動物園の夜警の仕事だったそうです。驚いて「大変でしたね」と言う私のひと言に、ビレンキン博士からは意外な答えが返ってきました。

「いや、僕にはとても幸せな時間でした。夜の動物園には秘密警察は来ません。そして、空を見上げれば、全宇宙にある半分の星が見えるし、ニュートンやガリレオ、アインシュタインが見たであろう同じ星を見ていると思った時、元気が出ましたね」

厳しい逆境に遭っても、宇宙への夢を馳せ続けたビレンキン博士の姿に、学者としての毅然きぜん とした信念とロマンを感じた一瞬でした。

このように幼少の頃から出会ってきた多くの人や研究者たちとの交流が、研究者としての現在の私の生き方やものの考え方の基礎を形づくっていったことは間違いありません。

理学博士

佐治晴夫

さじ・はるお

昭和10年東京生まれ。理学博士(理論物理学)。松下電器東京研究所、東京大学物性研究所、玉川大学教授、県立宮城大学教授、鈴鹿短期大学学長を歴任。現在同大学名誉学長、大阪音楽大学客員教授、JAXA宇宙連詩編纂委員会委員長。無からの宇宙創生に関わる〝ゆらぎ〟の理論研究で知られる一方、宇宙研究の成果を平和教育の一環と位置づけるリベラルアーツ教育の実践を全国的に展開している。著書は『14歳のための宇宙授業』(春秋社)『詩人のための宇宙授業』(JULA出版局)など80冊を超える。日本文藝家協会所属。