2021年2月号
特集
自靖自献じせいじけん
対談
  • (左)柳谷集落町内会長豊重哲郎
  • (右)田園プラザ川場社長永井彰一

自助なくして地域再生なし

鹿児島県の南東に位置する柳谷集落・通称やねだん。準限界集落に指定されながらも、住民自治によって見事集落を蘇らせたのが〝地域再生の神様〟と称される町内会長の豊重哲郎氏だ。片や地方創生のモデルとして全国から注目を集める群馬県の道の駅「田園プラザ川場」。経営破綻に陥っていた同社の売り上げを3.5倍に伸ばし、年間で200万人が訪れる道の駅に育て上げたのが社長の永井彰一氏である。共に行政に頼らず、強力なリーダーシップと人間力によって地域活性化を成し遂げた両氏の足跡に学ぶ、自靖自献の生き方——。

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奇跡の再生を成し遂げた2人

豊重 初めまして。永井さんのいらっしゃる群馬県利根郡川場かわば村の外山とやま村長は、私が主宰する「故郷ふるさと創世塾」という地域おこしのリーダー育成合宿に人材を送り込んでくれるのでよく知っています。

永井 そうですか。彼は僕の同級生です。3歳の頃からの旧友で、しょっちゅう会っていますよ。
豊重さんは鹿児島県大隅おおすみ半島のほぼ中央に位置する鹿屋かのや串良くしら柳谷やなぎたに集落、通称やねだんを再生した〝地域再生の神様〟として有名ですから、本日お会いできてとても嬉しいです。

豊重 いやいや、神様はあなたのほうですよ。経営難におちいっていた道の駅「田園プラザ川場」を見事生き返らせ、地域の活力源にされた。これは並々ならぬ努力だったと思います。
田園プラザ川場は一般的な道の駅とかなり様相が異なりますよね。

永井 東京ドームの約1.5倍、6ヘクタールという広大な敷地内に、ファーマーズマーケットや飲食店、セレクトショップなど20ほどの施設が併設されています。地元でとれた農作物やオリジナル商品などこだわりの逸品を販売しているのですが、首都圏からのお客様が大半で、リピーター率は約7割。コアなリピーターも5割いて、おかげさまで2019年に年間訪問者数が200万人を超え、売り上げも約18億円あります。

豊重 それはすごい。川場村の人口はどのくらい?

永井 だいたい3,300名で、総世帯数が1,000戸ほどです。幸い、総務省が数年前に発表した限界集落には入っていません。

豊重 やねだんはかつて高齢化が進んで準限界集落に指定されていました。私が町内会長に就任した25年前は全体の約半数が高齢者で、高校生以下の人口は減っていく一方だったんです。
そんな中でもがきながら試行錯誤した結果、現在高校生以下の人口が10%まで増加しました。私が地域再生に取り組み始めた頃に幼子だった人たちが、いまUターンをして、やねだんで子育てをしてくれているんです。地域づくりのモデルケースとして、全国各地、海外から視察者が後を絶ちません。

柳谷集落町内会長

豊重哲郎

とよしげ・てつろう

昭和16年鹿児島県鹿屋市串良町柳谷集落生まれ。35年県立串良商業高等学校卒業後、東京都民銀行入校。46年Uターンし、事業を始める。平成8年より現職。著書に『地域再生~行政に頼らない「むら」おこし』(出版企画あさんてさーな)。

コロナ禍で大切なもの

永井 豊重さんは後進の育成にも力を入れておられるそうですね。

豊重 ええ。先ほどお話しした故郷創世塾をちょうど昨日まで開いていました。故郷創世塾は人徳養成と地域再生を目的とした研修で、毎年2回、3泊4日の泊まり込みで行っています。今回で28回目を迎え、累計参加者は1,100名を超えました。
コロナでの開催は非常に悩みましたが、感染症対策を徹底した上で、「即戦力のデジタル活用」など時代に即したプログラム内容に変更したところ、20名以上の方が現地参加してくれました。
新型コロナウイルスは一過性で終わらず、長期戦になるでしょう。こんな時だからこそ、将来に向けたリーダー養成、人徳養成がますます重要になってくると感じています。

2007年にスタートした故郷創世塾には全国各地から様々な年代の方が集まる

永井 おっしゃる通りです。ビフォーコロナとウィズコロナで、価値観がまったく変わってしまいましたよね。僕が最初に変化を感じて手を入れたのが、田園プラザ川場内にあるパン屋でした。3月3日に東京に出張し、都内のパン屋をいくつか巡ったところ、明らかにお客さんが少なかった。知人に理由をたずねたら、「このご時世で、あんな飛沫ひまつだらけのパンを買う人はいないよ」と言うのです。それで、翌4日からうちのパン屋ではすべて個別包装に切り替えました。
人口3,300人の小さな村に年間200万人の方が来ていたので、新型コロナウイルスが蔓延まんえんし始めた頃は特に、「田園プラザ川場から集団感染が始まる」と随分叩かれ、嫌がらせも受けました。

豊重 それは大変でしたね。

道の駅「田園プラザ川場」は東京ドーム約1.5倍の広さを誇る

園内はいつも賑わいを見せている。現在は非常に厳重な感染症対策を行った上でオープンしている

永井 緊急事態宣言中は田園プラザ川場を一時的に閉めましたが、その間もファーマーズマーケットだけは開けていたんです。というのも、登録している生産者約400世帯のうち、350世帯がうちでしか販売していない農家さんなんです。要するに市場におろしていないので、うちが閉まるとその方たちの収入がなくなってしまう。
そのため、第2波、第3波に備えて早急にインターネット販売ができる体制も整えました。園内に関しては、入場制限や列管理に専従するスタッフを新たに6名雇用し、現在も厳重な感染症対策を取った上で営業を続けています。やはり、実質的な経済波及効果が地方創生の鍵だと思っていますから。

豊重 そうですよね。本当にその通りです。

田園プラザ川場社長

永井彰一

ながい・しょういち

昭和38年群馬県利根郡川場村生まれ。法政大学法学部卒業後、カナダに留学。平成元年永井酒造入社、10年社長に就任。19年田園プラザ川場の社長に就任。田園プラザ川場を関東屈指の人気を誇る道の駅へ導く。現在は米国法人R&S KawabaManagement LLC CEOと川場村観光協会会長を兼任する。