2017年9月号
特集
閃き
対談
  • 美術家清水義光
  • 建築家髙﨑正治

閃きから
すべての創造は
始まる

自然の循環や人間の深層心理をモチーフにした新建築に挑み続けている人物がいる。国際的にも高い評価を得る建築家・髙﨑正治氏である。見る人を驚嘆させる建築物の斬新な閃きはどこから生まれるのだろうか。髙﨑氏と長年交遊があり、油絵や書、篆刻など様々な芸術作品を生み出してきた美術家の清水義光氏とともに語っていただいた。

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あまりにも斬新な建築デザイン

髙﨑 清水さんと最初にお会いした時のことは、いまもよく覚えています。28歳でドイツから帰国してしばらくした頃に、東京の中野駅で「建築家の髙﨑さんですか」と声を掛けていただいたのでしたね。

清水 あの時、僕は銅板レリーフ展を開催している最中でした。個展に足を運んでくれた彫刻家の高橋勝さんが「何年もヨーロッパで活躍してきた髙﨑君という若い建築家が帰国してきた。中野に来るそうだから駅まで迎えに行く」と言うので「それなら僕が行くよ。自分で見つける」と言って出掛けたんです。駅には多くの若者がいましたが、不思議にもすぐにこの人だと分かりました。

髙﨑 驚きましたよ。あんな人混みの中で、顔をご存じない僕をよく見つけられたものだと。出会いというよりも発見していただいた、と表現したほうがいいかもしれませんね(笑)。

清水 「髙﨑さんですか」という僕の質問に「はい、そうです」と答えたあなたの声が息を吐くように静かで、驚いたような気配がまるでない。ああこの人はいつもこんなに自然体なんだなと、いたく感心したんです。

髙﨑 これも必然の出会いだったのでしょう。

清水 髙﨑さんとはそれ以来、30年以上ずっと仲良くさせていただいているのですが、初めて建築事務所を訪ねた時の印象は鮮烈でした。まず、部屋を仕切る襖が斜めに取りつけられている(笑)。それに「風に震える家」だとか「空に飛び立つ家」だとか、誰も考えつかない建築模型が置いてありました。一番驚いたのは、壁にカラーの人体解剖図が貼ってあるんだね。いままでそのことを聞く機会がなかったのですが、これは建築とどのような関係があるのですか?

髙﨑 建築は人間を対象としていますので、まず人体の構造をよく知りたいと思ったんです。人間の物質的、精神的な状態に加えて植物や鉱物の形。これらをセットにして眺めながら、現代の建築にどのように生かせるかを私は長い間、追究してきました。
襖について申し上げれば、ドイツにいた時、僕は広い建築事務所に1人でポツンと座って仕事をしていました。ところが、日本に帰ってくると部屋が非常に小さいんです。その小さい部屋をいかに広く無限に見せるか。人間の心理状態と空間の広がりについて実験しながらつくり上げようとしていた時に、たまたま清水さんがお見えになったんです。

清水 感動というのか、こういう建築家がいるのかと、ちょっとクラクラするような感覚でした。

髙﨑 でも、感動していただけただけで嬉しかったですよ。普通の人にはなかなか理解していただけませんでしたから。

美術家

清水義光

しみず・よしみつ

昭和19年山口県生まれ。高校卒業後、無人島に住むことを計画するも失敗。美術の道に方向転換。富岡鉄斎の研究が縁で中川一政氏と邂逅。以後、個展にて油絵、銅版レリーフ画、蠟染め、陶芸、篆刻、書などを次々と発表。文化誌『ニューパワー君』編集人。著書に『生命の王者──油絵を描いた禅坊主・中川一政』(河出書房新社)など。

住宅は四角というイメージを覆す

清水 髙﨑さんとは一緒に空間づくりをやる機会もありましたが、大成プレハブ(現・大成ユーレック)が30周年事業として建築を依頼した4階建てマンションも忘れられませんね。あの時は、NHKが朝一番の全国ニュースでヘリコプター中継までしてくれました。
このマンションは東京の郊外にできたんだけど、畑を進んでいくとコンクリート打ちっ放しで、しかも屋上には巨大な蓮 のようなオブジェが3本にょきにょきと立った斬新な建物が姿を現してくる。ヘリコプターは上空を旋回しながら、角度によって違った表情を見せるこの建物を撮影し、アナウンサーが「こういう建物がついに日本にも出現するようになりました」と解説していました。

髙﨑 少し離れたところには、従来どおりの4階建ての都営住宅があって、上空から見比べると僕の建築がいかに斬新かがよく分かったのではないかと思います。公営か民営かの違いはありますが、建物の規模や予算は同じなのに、こうも全体像が違ってくるものなのかと。

清水 このマンションが完成した後、1週間内覧会があったでしょう? いろいろなメディアに紹介されたこともあって、実に4,000人くらいの人たちが集まってこられましたね。

髙﨑 ええ。わざわざ貸し切りバスに乗ってやってくる人たちまでいました。この建物は「第二大地の建築」と名づけられた15家族用の集合住宅です。普通のマンションが四角四面、どの部屋も同じなのに対して、個々の部屋が細胞みたいに全部違っている。ある家は2階建て、ある家は1階建てというように、違った要素が混じり合って1つのマンションを構成しているんです。
特に人気が高かったのが北側の部屋でした。マンションは普通、北側が一番暗いのですが、僕は東西南北を見比べて光と風の具合を計算しながら、北側が最も明るくなるようアイデアを構築していったんです。

清水 1つの部屋だけでも見る要素がたくさんあるからか、見学者はなかなか出てこようとしなかったな。最初、「何だこれは」と怪訝そうな表情の人たちも、部屋を見ていくうちに少しずつ反応が変わって、「自分たちは四角い家に住んでいるが、どうして四角でなくてはいけないのか。一人ひとりに相応しい形があってもいいじゃないか」「自分の住んでいる家が単調に見えてきた」という声も随分聞きましたね。

建築家

髙﨑正治

たかさき・まさはる

昭和28年鹿児島県生まれ。大学卒業後、ヨーロッパに渡り前衛建築を学ぶ。帰国後の57年東京・原宿にTAKASAKI物人研究所を開設。社会芸術としての理念の具現化に向けて住まいや街づくりを手掛けるようになる。平成2年髙﨑正治都市建築設計事務所を開設。王立英国建築家協会ジェンクス賞、日本建築家協会新人賞など受賞。王立英国建築家協会名誉フェロー、京都造形芸術大学大学院客員教授。