2019年12月号
特集
精進する
対談
  • (左)熊本県宇城市教育長、大津高等学校サッカー部総監督平岡和徳
  • (右)花巻東高等学校硬式野球部監督佐々木 洋

いかに人を育てるか

名チームのもとに名監督あり。地方の公立高校サッカー部を全国屈指の強豪校へと導き、50人ものJリーガーを輩出してきた平岡和徳氏。低迷していた高校野球部を甲子園の常連校へと変革し、メジャーで活躍する一流選手を育てた佐々木 洋氏。体験を通じて築き上げてきたお二人の教育観や指導理念を交えて、一流のチームづくり、一流の人づくりについて語り合っていただいた。

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本気のオーラを持った大人が何人いるか

佐々木 平岡先生は、サッカーの選手としても指導者としても素晴らしい実績を上げてこられましたね。対談をさせていただくのは願ってもないことですが、私などとはレベルが違い過ぎて大変恐縮しています。

平岡 いや、佐々木先生こそ、菊池雄星ゆうせい選手や大谷翔平しょうへい選手のようにメジャーで活躍する一流選手を育てられて、花巻東高校の野球部を甲子園の常連校になさいました。素晴らしいことだと思います。
それにしても、最近の岩手県からは素晴らしい選手が続々と誕生していますね。菊池選手と大谷選手はもちろん、夏の岩手県大会決勝で対戦された大船渡おおふなと高校の佐々木朗希ろうき君という投手も、二人に続く大器だと注目を集めています。

佐々木 私も、なぜ最近の岩手からはいい選手がたくさん出てくるようになったのかと聞かれることがあります。しかし、最近出てきたのではなく、本当はいままでにもたくさんいたんだと思います。にもかかわらず、我われ指導者の知識や技術指導が未熟だったためにつぶしてしまっていた。ですから何が変わったのかといえば、指導者が変わったというのが本当のところだと思うんです。
幸い菊池や大谷のような優れた選手の指導にたずさわることができて、後に続く後輩たちの意識も随分変わりました。昔は恥ずかしくてとても言えなかったんですが、いまの生徒は「プロ野球選手になりたい」とハッキリ言います。そのうち「メジャーに行きたい」と子供の夢が変わると思いますが、それは菊池や大谷が活躍してくれているおかげですし、そういう選手を育てていく指導者の力というものがいかに重要かと実感しています。
生徒たち一人ひとりの人間性を育て、個性を生かし、可能性を伸ばすためにも、指導者は常に勉強し続け、精進を重ねていかなければならないという思いを、ますます強くしているところなんです。

平岡 指導者には、子供たちの未来に触れているという深い自覚が求められると僕は思っています。そういう自覚のある人でなければ、子供たちの指導をしてはならない。指導者は「本気のオーラ」を持って子供たちと向き合わなければならないと思うんです。

佐々木 本気のオーラ。いかに子供たちと真剣に向き合うかですね。

平岡 子供たちは本気のオーラを持った大人に出会うと変わるんですよ。ですから大人の責任は途轍とてつもなく大きい。学校や地域に本気のオーラを持った大人が何人いるかで、そこで育つ子供たちの将来も大きく左右されてしまいます。
僕はいま、地元熊本県宇城うき市の教育長も務めていますが、そのことを念頭に置いて、教育行政のリーダーシップをしっかりとっていかなければと肝に銘じています。

熊本県宇城市教育長、大津高等学校サッカー部総監督

平岡和徳

ひらおか・かずのり

昭和40年熊本県生まれ。帝京高校、筑波大学時代にはサッカー部主将として全国大会で数々の好成績を残す。大学卒業後、地元・熊本で県立高校教師となり、熊本商業高等学校、大津高等学校をサッカーの強豪校に育てると共に、巻誠一郎選手など約50名のJリーガーを育成。平成27年から日本サッカー協会技術委員会に籍を置き、日本オリンピック委員会強化スタッフとなる。29年4月宇城市教育長に就任。著書に『凡事徹底』『年中夢求』(共に内外出版社)がある。

変化の先の進化を実現する

佐々木 平岡先生が監督を務めていらっしゃる大津おおづ高校サッカー部の活躍は目覚ましいですね。

平岡 2018年、熊本県で3冠(新人戦、高校総体、全国選手権熊本大会)を達成したレギュラーが卒業して新チームになりましたが、県大会優勝、九州大会も優勝といういい流れをつくってくれました。全国大会では優勝候補の青森山田高校に惜敗しましたが、何とかこの冬の熊本大会に優勝して2年連続の県内3冠を実現し、全国大会でリベンジを果たすべく練習に力を注いでいるところです。
実は、県内の強豪校で指導しているのはほとんどが僕の教え子で、うちとの試合になると目の色を変えて立ち向かってくるんです(笑)。大津高校がそういう過酷な戦いの中で勝ちを積み上げて、全国から「公立の雄」と評価していただいているのを、僕はとても誇らしく思っています。

佐々木 いまはスポーツに力を入れている私立の学校が優勢ですけれども、平岡先生は公立の大津高校で全国屈指の強豪チームをつくり、これまでに50人近くものプロ選手を輩出してこられましたね。どのようにして選手を集め、育てていらっしゃるのでしょうか。

平岡 僕は3Aと言うんですけど、まず子供たちに安心、安全、安定を提供することが大事だと思います。恐怖や不安があるような所に子供たちは集まってきません。先ほど申し上げたように、指導者は子供たちの未来に触れているという自覚をもとに、彼らが積極的にチャレンジできる環境をつくることが大前提になると思います。
大津高校の先生方は皆さんサッカー部のファンでいらっしゃって、「大津高校サッカー部の何がすごいんですか?」と聞くと、大会で勝ったとか、何人Jリーガーになったとかじゃなく、「誰も辞めないというのが一番すごい」とおっしゃるんです。

佐々木 確かにすごいことです。

平岡 それは先生方と僕たちサッカー部のスタッフが、子供たちの未来に触れていることを自覚して真剣に向き合っているからです。卒業後の進路についても100%責任を持って面倒を見ていますが、そうした努力によって安心、安全、安定の3Aが備わった環境をつくることができるんです。
ただ、うちは公立高校ですから選手のスカウトはできません。ですから僕は、広告を出さなくても行列のできるラーメン屋を目指してきたんですよ。つまり、練習参加をフリーにして、1回でも参加したら、「大津高校でなきゃダメだ」と思わせるような練習をしているんです。
僕が15歳の時に帝京高校への進学を決断したのは、ここに来れば俺のサッカー人生は変わると確信したからです。大津高校の練習に参加した子たちも、同じような思いを抱いて入部してくるんです。
この夏も、延べ200人以上の子が参加してくれましたし、サッカー関係者以外にも多くの方が来られます。会社の上司が部下を連れてきたり、近くの小学校の子たちが総合学習で見学に来てくれたりするんですが、僕たちの練習を見たら皆元気になるというんです。

佐々木 どのような練習をなさっているのですか。

平岡 うちの練習は100分間で、すべてのセッションが一つのストーリーで成り立っています。「きょうもあっと言う間の100分だったな」と声が上がるような練習を心がけていますし、土日には必ずゲームを行って、「あの練習があったからきょうの成功につながったんだな」「あれをもう少しちゃんとやっておけば、きょうのミスは防げたな」と、各人の課題発見、課題解決を促すんです。ただのやらされる練習から主体的に参加する練習へと促していくことで、自ら工夫、努力して、夢中になる空間を提供できると思うんです。

佐々木 選手を夢中にさせる。

平岡 夢中にならないと、変化の先の進化には辿たどり着けませんからね。僕がこれまで出会った名指導者の方々は、どなたも選手を夢中にさせるのが上手でした。選手たちが在学する1,000日間で「きょうも一日頑張るぞ」「あれ、もう100分終わっちゃった」「早く明日が来ないかな」という毎日をデザインすることが一番の理想だと思うんです。

花巻東高等学校硬式野球部監督

佐々木 洋

ささき・ひろし

昭和50年岩手県生まれ。平成10年国士舘大学卒業後、大谷学園横浜隼人高等学校の硬式野球部コーチを経て、11年より花巻東高等学校勤務。バドミントン部、ソフトボール部の顧問を経て、14年硬式野球部監督に就任。甲子園出場を重ねる強豪校へと変革し、メジャーリーグで活躍する菊池雄星選手や大谷翔平選手ら、多数の有力選手を育てる。