2024年3月号
特集
丹田常充実
対談
  • 野球評論家廣岡達朗
  • 心身統一合氣道会会長藤平信一

人生、仕事の根本は
「氣」にあり

ヤクルトスワローズと西武ライオンズを日本一に導いた名監督として知られ、今年(2024年)92歳を迎える現在も野球評論家として活動を続ける廣岡達朗氏。氏の活躍の原点は、若い頃より稽古に励んだ心身統一合氣道で「氣」の働きを習得したことにあるという。心身統一合氣道の道統を継ぎ、実践を通して「氣」の働きを伝え続ける藤平信一氏と共に、人が心魂を鍛える上で何が大切なのかを語り合っていただいた。

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できないことをやるのが努力

廣岡 とうへい先生、ようこそ。どうぞお上がりください。私も2月9日で92歳になるものですから、こうして椅子に座った状態で失礼いたします。

藤平 とんでもありません。いつも廣岡ひろおかさんのパワーには圧倒されてばかりで、ご自宅にお伺いできることをとても楽しみにしていました。そつ寿じゅを超えられたいまも、体調を崩された奥様のために毎日食事の準備や洗濯をなさっていると伺い、ただただ敬服しています。

廣岡 いや、これも楽しくやりゃいいんですよ。人間は考え方一つ。だから「大変だな、面倒だな」なんて一つも思わない。心を積極的に使っている時はあまり疲れることがありません。
年を取ると身体は下から順番に衰えてくるんです。これは厳しい自然の摂理で致し方ないことだけど、痛いと感じるのは生きている証拠と思えば何ということはない。一方で勉強を続けていると頭はだんだんとえてくる。僕は学んだことを後輩たちに伝えるのが使命と思っていますから、頭は絶対に衰えないと信じているんです。

藤平 私はかねて廣岡さんを人育ての名人と思って大変尊敬しているのですが、親身になって後輩たちを育てようという信念は、少しも変わっておられませんね。
そういえば、先日もテレビの釣り番組に工藤公康きみやすさん(福岡ソフトバンクホークス元監督)が出られているのをチェックして「釣った魚の絞め方がいま一つ。あれではおいしくないから勉強したらよい。人生、何事も勉強」と話されていました(笑)。自分が育成してきた人たちに、いまでもこれほど関心を持っているのかと感じ入りました。

廣岡 いまの野球界は評論家ばかりで、監督をやり抜いた者はなかなかいません。その点、工藤は大変珍しい存在だと思う。僕が西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)監督時代、入団3年目の工藤をアメリカ・カリフォルニア州のマイナーリーグに野球留学させたことがあるんです。彼はその頃、まだまだ「坊や」という感じで成績もまったく振るわなかった。このままだと駄目になると思ったものだから武者修業に行かせてハングリー精神を身につけさせることにしました。
日本と違って向こうは実績が出なければすぐにクビでしょ。工藤はメジャーリーグを目指す選手たちと共にアパートで貧しい共同生活をしながら一所懸命に努力し、帰国後は西武の主力投手になりましたよ。手が掛かったけれども、立派に成長してくれた。

藤平 工藤さんは、その時の厳しい海外での経験が、その後の長い現役生活のいしずえになったとおっしゃっていますね。

廣岡 僕はできないことをやるのが努力だと思っています。スッとできるのは努力じゃない。できないことを一所懸命にやり抜いたら意識せずとも動けるようになる。意識したらできるというレベルではプロは通用しません。意識しなくてもできるレベルまで鍛え上げて、初めて育成したことになるんです。
大東亜戦争までアメリカが日本を恐れていたのも、何事も懸命にやり抜く習性があったからですよ。ところがマッカーサーが日本を占領し、日教組教育が蔓延はびこったためにその精神が失われてしまった。これはとても残念なことです。

野球評論家

廣岡達朗

ひろおか・たつろう

昭和7年広島県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。29年に巨人入団、1年目から正遊撃手を務め新人王、ベストナインに輝く。引退後は評論家活動を経て広島とヤクルトでコーチを務め、監督としてはヤクルトと西武で日本シリーズ優勝、セ・パ両リーグでの日本一に導く。著書に『広岡イズム〝名将〟の考え方、育て方、生き方に学ぶ』(ワニブックスPLUS新書)『動じない。』(王貞治氏、藤平信一氏との共著/幻冬舎)などがある。

「HOW TO SAY」と「HOW TO DO」

藤平 工藤さんに限らず、プロ野球界には廣岡さんの薫陶くんとうを受け、後に指導者として活躍している人が何人もいらっしゃいますね。若松勉さん(ヤクルトスワローズ元監督)、秋山幸二さん(福岡ソフトバンクホークス元監督)、辻はつひこさん(埼玉西武ライオンズ前監督)、渡辺久信さん(埼玉西武ライオンズ元監督)……。それだけでも廣岡さんの功績を雄弁に物語っているように思いますが、私がお付き合いがある野球人の皆さんは「現役を引退して指導者になって初めて廣岡さんの偉大さが分かった」「当時は見返してやろうという気持ちでやってきたけれども、気がつくと成長できていた」と感謝されているようです。

廣岡 それがね、10年では早いほう、20年くらい経って自分が教える立場になって、初めて僕が言ってきたことの意味が分かる。

藤平 工藤さんもそうおっしゃっていました。自分が指導者になって廣岡さんのおっしゃっている言葉の意味が分かったと。

廣岡 僕は曲がったことが大嫌いで、どこか攻撃的な人間のように思われているんだけど(笑)、好き勝手なことを言っているわけではありません。僕が伝えているのは真理と思っているから、相手が誰であろうとおくせずに同じことを言います。
特にプロは結果で評価されるわけですから、何をどうやったらいいかを具体的に示さなくてはいけません。これがなぜ必要で、それをやるとどうなるかを選手が理解できるまで説明し、根気強く反復させなくてはいけない。ところが、最近の指導者は「ここが悪い」「あそこが悪い」と言うだけで、どうしたらよいかを示せないでいるでしょう?

藤平 心身統一あいどうの創始者である先代の藤平光一こういちは、「HOW TO SAY」(よい、悪いを指摘する)ではなく「HOW TO DO」(どうしたらできるか)を示すのが指導者の大切な役割だと常々申しておりました。

廣岡 そこなのです。例えば上体のりきみが取れない選手に「もっと力を抜いて」と声を掛けても何も変わりません。なぜ力が入るのか、心の状態がどう作用しているのかも知った上で、力の抜き方を教えなくてはいけない。
心の状態は体の状態に大きな影響を与えている。その真理を教えていただいたのが、哲人と呼ばれた中村てんぷう先生であり、あなたのお父様である藤平光一先生でした。僕が1978年にヤクルトスワローズを、82年、83年に西武ライオンズを日本一に導くことができたのは、お二人に教えられた真理を実践したからこそなんです。

心身統一合氣道会会長

藤平信一

とうへい・しんいち

昭和48年東京都生まれ。東京工業大学生命理工学部卒業。父・藤平光一より心身統一合氣道を継承し、世界24か国、約3万人の門下生に心身統一合氣道を指導、普及に務めている。米国大リーグのロサンゼルス・ドジャースの若手有望選手・コーチを指導する他、経営者、アスリートなどを対象とした講習、講演会、企業研修なども行う。慶應義塾大学非常勤講師。著書に『心と身体のパフォーマンスを最大化する「氣」の力』『「氣」の道場』『広岡達朗 人生の答え』(いずれもワニブックス)『一流の人が学ぶ氣の力』(講談社)『心と体が自在に使える「気の呼吸」』(サンマーク出版)など多数。